有江 力 授業開講情報

Modified: May 20, 2005

平成17年度
植物保護学


5月17日クラス
植物の病気と病害はどう違うか、植物病害の制御のためにどのような手段が用いられているか、「殺菌性化学薬剤」と「非殺菌性薬剤」の作用機構、「生物農薬」に関する情報を概説しました。講議の中でお伝えしたかったのは、「化学農薬」や「生物農薬」という言葉であらわされるものの中にも様々なものがあり、一概にその安全性等について評価することはできないことです。講議をお聞きいただいた皆さんには、将来、このようなことを科学的に考えて、世に還元できる社会人になっていただきたいと考えています。

質問と回答

植物は病気に罹ると自分では直せないイメージがあるが、植物は自分の持っている免疫(抵抗性)機構で病気を治せるのか
植物は細胞壁を持ちますので基本的には病気に罹り、傷のついた組織を元に戻すような治療はできません。また、植物は、動物のような高度な免疫システムを持ちませんので、動物ほど上手に病原菌を排除できません。植物が持っている防御機構(免疫機構、抵抗性機構)は、外来の敵やストレスを細胞表面で認識し、その信号を局所(その部分周辺)あるいは全身に伝え、外来の敵からの防御の機能を持つ物質やタンパク質を生産することによって病原の感染を阻止する、あるいは侵入してしまった病原を局所に閉じこめてしまうようなシステムです。このシステムがうまく作動すると、病気が起こらない、あるいは病気の発生を遅らせることができるようになります。

殺菌剤の「菌」は、菌類と細菌類の両方を指すのか?
授業の中でもご紹介しましたように、「殺菌剤」は、農薬の中で植物の病気の防除を

殺菌を持つ薬剤は生態系にどれくらい影響を与えるのか?
植物病原菌を主な殺菌対象と考えて殺菌性薬剤は作られてはいますが、当然植物病原菌以外の菌を殺す可能性も高いと考えられます。しかし、このスペクトラム(範囲)は、薬剤によって異なりますので、一概に殺菌性をもつ薬剤がどの程度の環境影響を示すかということを考えるのはナンセンスであると思います。さらに、残念ながらある1つの殺菌性薬剤に限っても、登録時に試験を行った環境影響試験などのデータはあるものの、総じて生態系にどの程度の影響を与えるのかについて確かなデータは無いのが現状です。

非殺菌性の薬剤はどの位使用されているのか?
プロベナゾール(オリゼメート)、カルプロパミド(ウイン)、バリダマイシンA(バリダシン)などが主な非殺菌性薬剤ですが、殺菌剤全体をみると、殺菌性をもつ薬剤の方が断然多いのが現状です。ただし、これは殺菌剤として有望な化合物をのスクリーニング(選抜)する際に、昔は抗菌性を1つの指標にすることが多かった、殺菌性を機作とする薬剤は効果がシャープであるため実用化されやすかったことにも拠るかと思います。

プラントアクチベーターに興味がもたれる。もっと詳しく知りたい
3年次後期開講予定の「病原微生物学」の中で少し詳しく紹介する予定です。なお、「植物の成長調節 37(1): 51-57 (2002)」に関連の解説を書いてありますので、そちらもご参考になさってください。また、「葉だけでなく、茎や根でもプラントアクチベーターを認識できるのか」という質問が有りました。根でのプラントアクチベーター、あるいはその他のストレスの認識については興味をもって解析を進めているところです。

プラントアクチベーターによって植物の病気への抵抗性が誘導されるなら、様々な病害に効果があるのではないか?
その通りです。プラントアクチベーターの定義は、1:抗菌性を示さない、2:様々な病気に効果を示す、3:植物中に抵抗性誘導に係わる分子が蓄積、誘導される、4:プラントアクチベーターを施用してから植物が病気に抵抗性を示すまでにタイムラグがある、です。2のように、プラントアクチベーターが誘導する抵抗性は様々な病気に効果を示します。詳しくは3年次後期開講予定の「病原微生物学」の中でご紹介します。

エポキシドンepoxidonの根こぶ病防除機作は?
アブラナ科野菜根こぶ病の主病徴である根部でのこぶ形成には、オーキシンが関与していると言われています(Raa, 1971等)。エポキシドンは、反オーキシン活性を持っており、エポキシドンを根部に施用することによって根部でのオーキシンの作用が弱まるためにこぶが形成されなくなるという機作を推定しています。従って、エポキシドンは病原菌を殺すのでも、侵入を防ぐのでもなく、病徴を出させないため、結果として病気を防ぐことができると考えています。これについては、「植物の成長調節 37(1): 51-57 (2002)」で解説しています。なお、エポキシドンによる根こぶ病防除法は、「特許3600851」を取得しています。
なお、「サイトカインニンとはどんな物質か」との質問をいただきましたが、本などにいくらでも記述されている内容ですので、御自分で調べてください。

生物農薬は環境負荷がないのか?
授業でご紹介したように、病害防除用の生物農薬の作用メカニズムには、抗菌、溶菌、競合、植物への抵抗性誘導などが想定されています。生物防除資材が抗菌性物質を産生する場合は、その化学的環境負荷が想定されます。また、抗菌、溶菌、競合を機作とする場合などは、標的外生物への影響も想定されます。また、「生物農薬が生態系を乱さないことはどう証明されているのか?」とのご質問もいただきました。生物防除資材が生物農薬として登録される際には、農薬取締法等に基づいて、毒性や環境影響などの項目が試験され、概ね影響が少ないものについて登録され、実際に使用されます。また、そのデータは開示されています。農薬検査所のホームページ http://www.acis.go.jp/ などを参考にされてください。ただし、生態系を乱さないことの証明は殆ど不可能だと考えられます。生物殺菌剤ではまだ環境影響については聞いたことはありませんが、ポリネーターとして導入したセイヨウマルハナバチが温室から逸脱し、在来のマルハナバチの数を減らし、その結果、在来のマルハナバチによって受粉されていた在来植物の受粉ができなくなる、といった影響も報告されていますので、生物を利用する際にも1つ1つ慎重に評価する必要があると考えています。「生物防除は化学防除より安全に思えるが、、」というご意見も有りましたが、生物防除法にも化学防除法にもそれぞれ様々有るわけで、その1つ1つの評価さえままならない状態ですので、このような比較は現実的でないと思います。単にイメージで生物防除がより安全に感じられる部分がありますが、本当はきちんと科学的に解析、理解し、評価することが大切であると考えています。

化学農薬と生物農薬はどの位の割合で使用されているのか
「農薬総覧」によると、H15年度の殺菌剤出荷量は約6.6万トン(あるいはkl)、出荷額は約814億円です。一方、生物農薬の出荷量は56トン、出荷額は5.7億円です。この数字からは、生物農薬は殺菌剤のうち、ごくわずかということになります。しかし、生物農薬の利用が社会的に期待されているせいか、単価は生物農薬が10倍ほど効果であることがわかります。

生物農薬を処理するタイミングは?
生物農薬に限らず、殺菌剤の処理は、病害発生前に行われることが多くなっています。それは、授業でも簡単にご紹介したように、植物の傷ついた部分は動物のように修復しないため、予防的に殺菌剤を処理して病気あるいは病徴を出させないようにすることが大切だからです。もちろん、病害発生後に、その拡大を抑制するために殺菌剤が使用される場合もあります。生物農薬は特に病害発生前、播種時や定植前に処理するのが一般的です。

ネギやニラ以外に生物防除に利用される植物はあるのか?
「抗菌性微生物を定着させたネギやニラをウリ科植物やトマトなどと混植することで土壌病害を防ぐ」方法に関連したご質問です。授業でもご紹介したように、栃木県のユウガオ畑で病気を出さない「おまじない」である伝承技術として行われていた、ネギの混植にヒントを得て、この技術を科学的に解析した結果を元に考案した生物防除技術です。ネギ属植物の根面によく定着するPseudomonas gladioliという細菌をネギから分離、これをネギ等の根に定着させた後に、トマト等と混植すると土壌病害を防除できること、P. gladioliは、病原菌であるFusarium oxysporumに対する抗菌性を示し、その活性はP. gladioliが産生するピロールニトリンという抗生物質であることを明らかにしたものです。従って、ネギやニラが生物防除活性を示す本体ではなく、ネギやニラの根を、生物防除活性を持つ微生物のすみかとして提供し、微生物を増やしているのです。通常、良好な生物防除活性を持つ微生物を発見しても、それを圃場の土壌などの新しい環境に定着させることは困難なのですが、このようにネギなどを利用することで上手に微生物を圃場に定着させることが出来る点でこの方法は優れています。この生物防除の手段は、「特許2592612」で特許化されています。なお、伝承技術としては、「コンニャクとエンバクを混植するとコンニャクの病気が出ない」などがありますが、科学的に解析されているものは他には少ないようです。

Pseudomonasによる生物防除のメカニズムが抗菌性物質であるなら、それに対する耐性菌は発生しないのか?
発生し得ると考えて良いと思います。


参考→平成16年度の講義での「質問と回答」
参考→平成15年度の講義での「質問と回答」
参考→平成14年度の講義での「質問と回答」