有江 力 授業開講情報

Modified: May 19, 2004

平成16年度
植物保護学


5月18日クラス
「殺菌性化学農薬」と「非殺菌性」の作用機構の概説、「生物農薬」に関する情報をご紹介しました。講議の中でお伝えしたかったのは、「化学農薬」や「生物農薬」という言葉であらわされるものの中にも様々なものがあり、一概にその安全性等について評価することはできないことです。講議をお聞きいただいた皆さんには、将来、このようなことを科学的に考えて、世に還元できる社会人になっていただきたいと考えています。

質問と回答

菌(かび)を殺す薬剤がどうしてヒトに悪影響を与えないのか、その理由をもう一度知りたい
もちろん、菌にもヒトにも影響を与えるような化合物は存在します。しかし、農薬(殺菌剤)として利用することができるようになるまでの段階で、目的とする菌に高い効果を持ち、標的外生物(ヒト、動物、植物など)に影響を与えにくい化合物が選抜されています。これを、「高い選択性」を持つ薬剤と呼びます。呼吸系のように生物がすべて持っている機構に作用する化合物の場合、ターゲットの酵素等の立体構造の生物による違いを利用して、結合に特異性のある化合物を利用することで、高い選択性を実現します。また、菌のみが持ち、動物などが持たない代謝系(エルゴステロール生合成系について講義で紹介しました)をターゲットにすることによっても高い選択性を実現できます。

シアン化カリウムも電子伝達系にかかわるタンパク質と結合して呼吸を阻害するのか?
そのとおりです。電子伝達系のタンパク質複合体IV(チトクロームオキシダーゼ)と結合します。正しくは、シアンイオンがチトクロームオキシダーゼに含まれる3価の鉄と結合すると言われています。なお、このため、シアン化カリウムは選択性が低く多くの生物の呼吸阻害を引き起こしますが、植物には、シアン耐性呼吸と呼ばれるバイパス経路を持つものがあり、その場合、シアン化カリウムの影響は少なくなります。

イネいもち病菌が形成する付着器細胞の膨圧はどうして80気圧にもなるのか?
配布したプリントの図19をご覧ください。付着器内にグリセロールを蓄積、この濃度が3.2 M以上に達することが報告されています(Howard et al., 1991)。その結果、膨圧が8 Mpa(約80気圧)にも達します。

非殺菌性の薬剤を使用したときに、病気は防げても植物上に病原菌が残存することになるが、それを食する危険性は?
植物病原で、植物を食する動物(ヒト)にも影響を与えるものがある(マイコトキシン産生株など)ことも知られていますが、それほど多くは有りません。また、病気が発生していないため、病原の密度が低く抑えられていること、多くの場合(イネいもち病を想像してください)、病原の存在部位と可食部位は同じ部位ではないため、心配する必要はほとんど無いと思います。ただし、薬剤や生物農薬が期待通りに効かず、マイコトキシン等を産生する病原菌の生育を抑えきれない場合などには、リスクが生じます。

プラントアクチベーターに興味がもたれる。もっと詳しく知りたい
3年次後期開講予定の「病原微生物学」の中で少し詳しく紹介する予定です。なお、「植物の成長調節 37(1): 51-57 (2002)」に関連の解説をかいてありますので、そちらもご参考になさってください。

ストロビルリン系薬剤の耐性が何故速やかにおこったか?
昨年も同様な質問をいただきました。こちらをご覧ください。なお、農業環境技術研究所の石井英夫先生が研究を進められています。

生物防除資材である非病原性フザリウム菌の動態をキャベツを用いて調べることが、サツマイモでの動態を調べることになるのか?
これは、実験の設計にかかわる重要なポイントです。サツマイモつる割病防除用の生物農薬として販売されている非病原性フザリウム菌(マルカライトという商品名です)のサツマイモにおける動態を調べ、生物防除の機構を明らかにすることはとても大切なことです。この研究は、茨城県農業試験場で現在行われており、緑色蛍光タンパク質発現株を用いた動態観察において、われわれも共同で研究させて頂いています。しかしながら、講義の中でも触れたように、サツマイモは実生でないことなど、我々の小さな温室では扱いにくい点があることから、我々は、モデルとなる菌−植物系を別途設定し、それを利用して動態観察を進めています。この系が、非病原性フザリウムREMI10(サツマイモつる割病菌用資材とは異なる株です)−キャベツ系です。非病原性フザリウムREMI10を前処理したキャベツでは萎黄病の発生が抑制され、生物防除効果を持つことが確認できています。この系を用いて明らかとなる非病原性フザリウム菌の動態、非病原性フザリウムを接種したキャベツでの病原菌の動態が、生物防除機構の解析に役立つことを期待しています。もちろん、キャベツでの結果を反映して、サツマイモでも同様かどうかの検証は後で必要になります。

イネは連作されているのにどうして土壌病害が発生しないのか?
これは私には正確に回答させて頂くことができない内容です。しかし、一般に、イネは水田で湛水条件で栽培され、このような湛水条件では土壌病害は発生しにくいと考えられています。実際に、他の植物の土壌病害を防ぐのに湛水処理を行う場合もあります。イネを畑で育てる(陸稲。おかぼ)と、土壌病害を含め病気が出やすくなることも知られています。


参考→平成15年度の講義での「質問と回答」
参考→平成14年度の講義での「質問と回答」