| 本日は、“逆散乱画像(Inverse Scattering Image)”、“超音波計算機断層映像(Ultrasound Computed Tomography(CT))"などのキーワードで呼ばれる技術が、医療分野への応用にどのように役立つかについて、その原理的を説明を交えながら、お話しさせて頂きます。 |
現在、日本人女性の乳がん死亡率は、10万人/1年間(増加の一途)にも及んでおり、乳がんの早期発見が重要な課題になっています。現行の乳がん検診は、マンモグラフィー(X線検査)を中心に進められておりますが、X線で発見できず、超音波で初めて発見できる人の割合が2〜3割にも及ぶという最近の調査結果が報告されており、超音波との併用が望ましいと言われるようになっています。しかし、全国に1800万人の検診対象者がおりますから、読影医の不足のため、この要求に答えることは大変困難な状況にあります。 |
超音波を用いた装置として、Bモード(パルスエコー)診断装置が医療分野で広く使われていますが、いろいろな意味で制約があります。例えば、ス ペックルノイズが混入する問題など、Bモード画像の解像度や画質はけっして良いとはいえません。 実は、それだけでなくもっと大きな問題があります。それは、超音波画像の濃淡(エコー強度)は、そもそも何を表しているか?という問題です。その答えとして、生体の散乱体密度を反映した像であると言う説明が可能ですが、それ以外に、音波の伝搬減衰や電子回路の増幅率、によっても、エコー振幅が変わってしまいます。 このこと一つをみても、画像の濃淡の度合いから診断を下すことは困難であることがわかります。通常の診断画像の濃淡からは、数値情報を取り出す定量診断ができないことが大きな問題であると言えます。 |
逆散乱超音波CTの長所は何かということになりますが、最も大きなメリットは、物理パラメータ画像(音速画像)が再現でき、読影が不要になることです。更に、波長オーダの解像度が実現できる長所があります。その一方で次のような欠点もあります。それは、多方向からの測定が必要であることや、加えて 測定時間が長くなり、ハードウェアコストが増大してしまうことです。また、透過型(通り抜けた)観測を前提にしているため、 人体への適用は制限される問題があります。 |
ここに、音速と減衰量を生体組織を模擬して作成した円筒物体ファントムの画像再現結果を示しています。上図は従来のBモード画像です。ここで、画像の左側は、音速だけを変化させた試料の再現結果で、右側は、黒鉛粉末を混入して散乱体密度ならびに減衰率の違いを模擬した試料です。この結果から言えますことは、音速の違いがあってもBモード画像の結果に違いが現れないことです。 これに対して、下図の超音波CTの画像再現結果を見ますと、音速の違い、減衰率の違いが数値の画像として精度よく再現できることが分かります。 |
この図は、ファントム試料を用いた超音波CTの再現例です。このように音速が複雑に変化した対象物体においても、場所ごとの音速値を定量的に精度よく再現できることが分かります。 |
この図は、過去の文献で発表された人体組織の音速と減衰率の実測データをまとめたものです。生体の場合は個人差や加齢によるばらつきなどがあり一概に言えない所がありますが、組織性状の違いによって音速や減衰率が大きく変化する様子が分かります。音速もしくは減衰率の 物理量が画像として再現できれば、組織の良性、悪性を区別できる有用な診断情報が得られる可能性を示しています。 |
我々が提案する超音波CTは、透過型観測を基本にしています。一方、Bモード像では、反射型観測を基本にしています。はじめに、反射型観測の場合は、物体表面において音波を送信したときの反射波を観測し、そのエコー波の到着時間およびエコー振幅をデータとします。 この時、エコー振幅は音響インピーダンスの変化を反映した画像ということになります。 しかし、音波の伝搬特性や電子回路の増幅率によっても振幅が変わってしまいますので 1枚の画像の中の相対的な違いを判断する材料にはなりますが、物体固有の物理特性を反映した情報としては不適当です。 これに対して、透過型観測は、どうでしょうか?透過型観測では、物体を通り抜け後の透過波を観測します。測定データとして、伝搬時間差もしくは、 位相差を測定します。そのデータは、物体の音速を反映したデータになります。ここで、音速と言いますのは、生体の硬さである体積弾性率Kを質量密度ρで割り算した結果の平方根です。生体組織中の質量密度ρを一定とみなした場合は、硬さの違いを反映した物理量と考えることができます。 |
次に、スキャン方式について従来法との違いを説明します。まず、Bモード像では、体表の一方向から、細い直線ビームを照射し、ビームをスキャンします。これに対して、超音波CTは幅の広い平面波を、物体周囲の多方向から照射するという観測を前提にしています。 |
Bモード画像の再構成原理についてですが、ただいま説明しました観測方法によって、パルスエコー波を観測します。横方向の位置をビームのスキャン位置、距離方向のそれを到着時間から算出した距離、輝度値をエコー振幅に対応させた像を表示するという簡単な画像構成原理にたっています。 |
超音波逆散乱CTの問題設定について説明します。超音波CTでは、物体を音速cで代表される物理パラーメータで表現します。そこに照射波piを 照射したときの、観測データをpと表現するとき、これら3者は、音波の散乱物理方程式(そのシステム関数をA[]で表す)で支配されます。観測データと照射条件が分かっていて、物理パラーメータが何であるか求める問題は、物理現象の因果関係を逆に辿ることになりますので、このような問題を逆問題と呼んでいます。逆問題の多くは、十分な観測データが取得できない悪条件逆問題であったり、非線形の逆問題であったり、一般に容易に解く事ができません。如何にして、これらの困難を克服するかということが、逆問題を解くに当たっての研究上の大きな課題になります。 |
超音波CTで扱う物理支配方程式(モデル設定)は、対象物体の条件によって幾つかの種類に分けることができます。波長に比べて物体寸法が大きいと仮定できる大規模な対象物体(海洋や大気など)に対しては、直進レイモデル(弱散乱、音速コントラストが小さい仮定)や、あるいは曲進レイモデル(音速コントラストがより大きい屈折領域を仮定)などの音線伝搬モデルが適用することができます。 これに対して、本研究で主に取り上げるのは、物体寸法が波長に比べて同程度の対象物体です。例えば、人体を数MHz以下の周波数の音波を用いて検査する場合がこのような場合に該当します。音波伝搬や散乱の問題を、音線モデルに基づいた伝搬現象として扱うことができなくて、波としての性質を考慮した回折伝搬現象を考慮する要があります。 回折モデルに基づいた逆問題CTを回折トモグラフィと呼びます。回折トモグラフィは、対象物体が弱散乱体であることを仮定して、方程式を線形化近似して解く線形化手法と、近似を使わない非線形最適化手法とがあります。それぞれ、一長一短がありますが、ここで は、前者の弱散乱線形化近似に基づいた方法をとることにします。 |
それではどのような近似方法が良いかいうことになります。少し話しが専門的になるので、詳細は割愛しますが、ボルン近似とリトフ近似という近似手法が存在します。ボルン近似では、散乱波の振幅(観測波の照射波に対する変化分を散乱波と定義します)が照射波に対して小さいという仮定を使います。 一方、リトフ近似では、観測波の位相変化が小さいという仮定になります。生体中では、個々の場所で弱散乱の条件を満足していても、物体寸法が大きいとボルン近似が満足されにくくなります。一方、後者のリトフ近似は、位相変化という微分量が問題になりますので、物体寸法が大きい場合に対しての近似条件の逸脱の度合いがかなり緩和されたものになります。従って、リトフ近似のほうが良い近似であると言われています。 |
後方伝搬計算によって、観測された音場を伝搬する前の音場に戻す計算処理を施します。下の図にありますのは、物体からの散乱波音場を表しています。その観測波を後方伝搬した結果が上の図ですが、物体が存在しなければ、散乱音場はかなり正確に再現できることがわかります。 |
我々はリトフ近似をさらに改良した方法である後方伝搬リトフ近似を提案し本研究の中で用いています。この図は、その後方伝搬リトフ近似の方法を示しています。この方法の骨子は、後方伝搬した後の音場に対してリトフ近似すなわち、複素位相を取り出す演算(散乱波のlogをとる演算)を施す点にあります。 |
ここで詳細を示すことができませんが、上記の後方伝搬リトフ近似データが、フーリエ平面上の物体データに一対一に対応するという、回折フーリエ切断面定理が成立します。この関係のもとに、物体(音速分布)を求めることが可能になります。この様子を簡単な言葉で説明しますと、物体をフーリエ平面上の回折逆格子ベクトルに分解します。また、観測波を時間周波数ごとに、その伝搬ベクトルの異なる平面波成分に分解します。このようにバラバラに分解した平面波成分が物体の回折逆格子ベクトルに対応するという関係を使うものになっています。 |
回折フーリエ切断面定理を具体的に説明しますと、この図にあるように、平面波を物体に照射し、物体を挟んだ真向かい側の、直線上の各点で散乱波を受信します。散乱波を様々な方向の平面波成分に分解した結果は、右側の図のように、物体の逆音速のフーリエ平面上の半円上のデータに対応しています。ここで、半円の半径と中心点の座標は、照射波の周波数に比例します。 言い換えると、1照射の散乱データから、物体のフーリエ平面上の半円データが求まります。照射角度を変えて同様の測定を行うと、今度は、照射角の方向に回 転した半円データが求まります。照射角の異なる測定を繰り返すことにより、回転角の異なる半円データが次々と求まることになり、フーリエ平面上の全領域で物体データが求まります。こうして求められた、フーリエ平面上のデータを逆フーリエ変換して元の原座標に戻してやれば物体(逆音速分布)を再現できることができることになります。 |
以上に述べた手法を用いて音速画像が再現できことになります。ここにありますのは、後方伝搬リトフ近およびリトフ近似の両者を用いて再構成された音速画像の再現精度を比較した結果です。従来は、線形化近似法の制約のために,音速変動が2,3%までの範囲までの像しか精度良く再現できない問題がありました。 我々は,後方伝搬リトフ近似法を開発し,この図に示されているような8%の大きな音速変動のある音速物体の再現を可能にしました。本手法により,生体組織に逆散乱CT法を適用できる道が開かれました 。 |
次に、逆散乱CT装置の構成について説明します。ここにありますように、リング状のアレイ素子を物体周囲に多数配置した、リングアレイスキャナおよび波形収集装置が必要になります。これまで、1024 素子1MHz、204oΦの試作装置を実現した例が報告されています。1000素子規模のリングアレイエレメントに加えて、1波形:1000サンプル、1 照射:100地点、100方向照射、で受信したとして、多方向に照射角度を変えるためのスキャナ回路と、大容量の(10Mワード程度)メモリ付きのフ ルデジタルのデジタイザが必要となります。 このような装置は大規模で高価になってしまう欠点があります。 |
以上の問題に対して、この図にあるように4個のリニアアレイを正方形周囲に配置したシステムを提案します。リニアアレイは、通常のBモード診断装置で使われていますので、現行のフルデジタルの診断装置を殆どそのまま使うことができる利点があります。すなわち、安価に構築できるとことになります。また、これから結果をお見せしますように、殆ど直交周囲4方向からの観測で済むため、物体周囲 360度全方向からの測定に比べて格段に測定時間を短くすることが可能になります。 |
本提案のリニアアレイシステムでひとつ問題となることは、物体周囲4方向付近に照射角が制限された観測データから画像を再構成する問題があることです。その理由は、リニアアレイのステアリング角度が大きくなると、側面で反射した反響波を受けてしまうことや、受信できない死角領域が発生してしまう問題があるためです。 |
以上の照射角制限問題に対する対策が要求されることになりますが、ここでは、多周波(広帯域)の散乱情報を取得することでこの問題に対処します。幸いなこ とに、回折領域の音波の場合、波の性質を強く反映させた散乱現象を伴います。具体的には、時間周波数の異なる散乱成分を集めることによって、物体フーリエ 平面上の異なる回折逆格子ベクトル成分が取得できます。時間周波数を変えた散乱データを取得することによって、照射角度を変えた場合に近い情報を取得する ことができます。 |
その様子を示すためにフーリエ平面上で取得可能なデータについて考えてみます。まず、時間周波数を固定して、照射角を360°の全周囲方向に変化させた通常の観測方法を用いた場合は、既に説明しましたように、同一半径で、回転角の異なる多数の半円のデータ軌跡が左側の図にあるような形で求まります。 一方、右側の図は、提案するリニアアレイシステムを用いて、直交する4方向の付近だけのデータしか取得できなかった場合を示しています。フーリエ平面上でデータが求まらない空白領域が多くできてしまい精度の良い画像が再現できないことがわかります。 |
そこで、照射角を変化させる代わりに、時間周波数を変化させた場合はどうか検討してみます。時間周波数を変化させた場合は、半円の半径と半円の中心位置が変化します。例えば、この図は直交4方向のみの観測データを用いて、比帯域幅が90%の範囲の周波数成分を取り出した場合に取得可能な、フーリエ平面上のデータ軌跡を示した結果です。先ほどの場合に比べて、データの欠落領域がかなり少なくなることが分かります。 |
直交4方向だけではデータが手薄ですので、4方向を中心に狭い角度範囲で照射角を振ってやりますと、この図にあるような半円軌跡データが取得できます。かなり広い範囲でデータが求まることになり、これぐらいであれば、おおむね良好な画像が再現できる見通しを持つことができます。 |
低周波領域にデータの欠落が少しでもありますと、音速画像の再現結果が劣化する問題が発生します。(反対に高周波領域の欠落はそれほど大きな問題にならないという特徴があります)この問題を回避するために、ここでは、低周波領域にデータの欠落に対しては、データの補間処理を行うことで対処することにします。幸いなことに、低周波領 域の散乱波は無指向に近い散乱特性でありますため、補間によってデータを補っても誤差はあまり問題にならず、このような補間処理が有効な手段になります。 |
シミュレーション評価試験の条件を示します。64mmx64mmの正方形周囲上に、4個の64素子のリニアアレイを配置した構成を想定します。750kHzのガウス包絡線sinパルスを照射した際の 散乱波を受信します。各々のリニアアレイは、例えば、鉛直方向を中心にΦの狭い範囲内でビームステアリングを行い、ΔΦ刻みで音波を照射することにしま す。 |
長方形物体に下辺のアレイから音波を照射した際の音波伝搬の様子を示します。長方形の場合、長方形の頂角から円筒波状の散乱波が散乱する様子が分かります。上辺のアレイ上(64素子)の各点で散乱波を受信します。 |
その受信波形は、例えば、青線で示したような時間波形です。赤線で示した、物体がないときの時間波形を差し引くことにより、散乱成分を取り出します。その後、フーリエ変換を行うことにより、時間周波数の異なる成分に分解します。その時間周波数ごとに、散乱波の複素振幅データ(振幅比と位相差のデータ)が紫色で示した形のデータとして求まります。 この後、先ほど説明しました、回折フーリエ切断面定理を用いて物体音速画像を再現する計算を行います。 |
照射角度範囲Φ=11.25°、照射角度12方向のデータを用いた場合の例について、処理方法の違いによる画像再構成結果を示します。右側2つは、750kHzの1周波数のデータのみを用いた場合で、低周波領域の補間処理を施した場合と施さない場合、左側2つは、多周波10周波数(75kHz〜750kHzの間の周波数)のデータを用いた場合で、同様に低周波領域の補間処理の有無について比較した結果を示しています。本提案の処理を全て行った結果が左端の結果で、原画像に最も近い良い結果が再現されていることがわかります。 |
次に、照射角度範囲の違いによる再構成画像の比較果を示します。左端の結果は、照射角度範囲が全周囲の場合の理想画像です。右側3つの図から、照射角度範囲が狭くなるにつれて、次第に大きな画像アーティファクトが発生している様子が分かります。注目したいのは、右端の結果の照射方向が4方向の場合であっても、それ程大きく画像が劣化していないことです。照射方向が4方向の場合は、ビームステアリングを全く行わないということですから装置的に簡単で短時間の測定で画像が再現できることを意味しているので、実用的には大変都合が良い結果が得られているといえます。 |
以上、本研究では、多方向からの観測を必要としてない、逆散乱CTが実現できる結果を示すことができました。これによって、従来のBモード装置と代わりないハードウェアコストと測定時間で済ませることのできる、逆散乱CTの実現方法を提示することができたことになります。 反射波を用いるBモード法に比べて、透過波を用いる逆散乱CTは、乳房だけに限らず、頭部や腹部などの、今まで画像を作ることが出来なかった、人体深部の減衰の大きな場所の情報を取得しやすいメリットがあります。その場合、例えば、数百kHz帯以下の低周波領域の広帯域の音波を利用したCT装置の実現の可能性が期待できるのではないかと思います。 |
以上のように、本提案法は、医療分野だけではなく幅広い用途への利用が期待できます。媒質の温度変化や、流体の流速変化が音速の違いを生じますから、音速分布を再現することによって、温度場や流速場の測定が可能になります。これらの用途として、大気やプロセス気体反応場の、流速や温度場の非侵襲遠隔測定を上げることができます。またライフサイエンス領域において、人体の力 学モデルデータベースの構築手段としても利用価値があると思います。 最後に展望と課題を述べて終わりにさせて頂きますが、音速画像を大まかに再現すれば良い用途であれば、技術的な検討課題はそれ程多くないのではないかと考えます。 コストの大幅削減可能な構成を提案しましたが、それでも、フルデジタルの超音波診断装置と同等のコストが必要ですので、必ずしも安価ではないとう問題があります。既存の診断装置の付加機能もしくは併用した使い方が現実的ではないかと考えます。技術的検証、市場開拓等、検討すべき課題はありますが、医療分野以外の用途への発展、展開もおおいに期待されます。 以上で、本日のお話しを終わりにさせて頂きます。ご清聴ありがとうございました。 |