2001年8月14日、徳島の岡崎海岸を出発した一隻のシーカヤック(海用のカ ヌー)が再び姿を見せたのは約一ヵ月後の9月20日午後3時30分だった。小鳴門 海峡を通り、瀬戸内海、太平洋を通過して、四国一周漕破。それまでもバイクや自転 車で北海道を廻ったり、キャンプに出かけたりしていた紫尾田健吾(生物生産学科マスター1年:当時)だが、その彼に「これが『旅』というのか」と言わせしめたこの旅を振 り返る。


 彼がカヌーを始めたのは2000年、大学4年生の春である。カヌー部に入部し、 川用カヌーで全国を廻った。海に始めて出たのは同年9月、カヌー部の部員と共に伊 豆の海岸線を漕いだ。狭い洞窟にカヌーをゆっくり滑り込ませると、ひとときの暗闇 の後、急に明るく開ける。すっかり海の虜になった。  2001年、8万円でシーカヤックを手に入れる。四国の旅でお世話になった彼の 相棒だ。カヌー部にはシーカヤックの経験者が少なく、初心者の彼は外部に師を求め た。月二回、5時間かけて伊豆へ行き、シーカヤッ クの漕ぎ方と海に関する知識を教わった。そうしてようやく8月の出発にこぎつけた のである。

瀬戸内海の浜で

港にて
 8月の四国は暑い。朝5時から6時に起き、前日の晩御飯の残りをお茶漬けにして 掻きこむ。遅くとも8時には漕ぎ出し、途中船上でパンやバナナを食べながら進む が、午後2時にはすっかりへとへとになる。一日にせいぜい進めて30キロ。小さな 港を見つけると、シーカヤックを陸に上げさせてもらい、テントを張る。晩御飯はほ ぼ毎日レトルトカレー。夜の9時には寝てしまう生活だった。  この旅の一番の収穫はというと、地元の人と仲良くなれたことだという。港に上が ると漁師さんに潮の流れを聞く。「どちらから?」「鳴門からです。四国一周中なん ですよ。」と会話が弾む。手漕ぎの船で1日30キロ進んでいると言うとたいていの 漁師は驚いた。「ここの水使ってええよ。」「このアジ食べな。」「うちで休んでい き。」たくさんの人にお世話になった。帰ってきてから送ったお礼の手紙は10通にの ぼった。
四国を一周する場合、瀬戸内海と太平洋ではまるで違う。 瀬戸内海は波も穏やかで島も多いため転覆や遭難の危険は少ない。しかし本線航路と いう大きな船が行き来する道をどうしても渡らねばならない。大きな船というのは恐 ろしい。遠い向こうに遅い船があると思ったら思ったより早く近付いてくる。しかも 遠くにいる時点ではどちらを向いているのか分からないことも多い。さらに、あまり 前を見ていないというからどれほど注意を払っても払いすぎるほどはなかった。 一方太平洋は大きい船の往来に悩まされることは少なかったが、波の高さが瀬戸内海 の比にならなかった。最大で4メートルのうねりが紫尾田を襲った。4メートルのう ねりの下にいるときは眼前が全て海である。数秒後には4メートル上昇して眼下に海 が広がる。瀬戸内海を越え、いくらかシーカヤックの技術に自信をつけていたとはい え、その差には驚かされた。また岬を越えるときの恐怖感は瀬戸内海の比ではなかっ た。浜に沿って漕いでいる時と違って、岬を越えるとき周囲360度が海になる。万が 一沖のほうに流されようものなら二度と帰れないであろう。

目前に迫る瀬戸大橋

四国一周カヌーの旅を終えて
最初の頃はひょっとしたら一周できないかもしれない、2,3日でやめてしまうかもしれない、という不安があった。カヌー部の仲間にもシーカヤックの指導をしてくれた師匠にも「四国一周計画」のことはなかなか言い出せなかった。実際に旅を始めても、最初の10日くらいは出会った人に四国一周中だと言えなかった。無謀な計画だというのは十分に分かっていた。


しかし彼は達成した。彼は航海日誌にこう残している。「出発当初は一周はまず無理で、高知までいければ上出来、いや、瀬戸内海横断でもいいやと思っていた。二度の台風に予想以上の停滞をさせられた。でも一周してしまった。



思えばいろんな人に助けられて甘えてしまった旅だった。『一周できなくてもいい』 と思っていた自分に『なんとか一周したい』と思わせたのは見ず知らずだった人々か らの親切に少しでも応えたいという気持ちからだった。僕が一周するなんて誰も望ん でいないのだろうが、『気をつけてね』『頑張ってね』という声援に、ただ前進する しかなかったのだ。」 最後にこう結んでいる。




ともに旅をした海図と航海日誌


「いろんな旅をしてきたけどこれほど人に親切にしてもらった旅はない。たくさんの 人のおかげで成り立った四国一周の旅だった。」


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