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農工大の中でそんな話がささやかれるようになったのは、5月の半ば。
「中勇」、小金井キャンパスに通う農工大生ならば、ほとんどの人がその名を知っているのではないだろうか。それほど有名な農工大生愛用の食堂である。そんな中勇の突然の閉店。無機質におろされたシャッター、取り外されたのれん、それらは紛れもなく中勇の閉店を意味するものだった。
しばらくして、私達「WEB FROGS」は中勇の閉店の真相を究明すべく、調査に乗り出した。しかし今となっては、中勇の連絡先は知る術はない。そこで私達は、付近の住民の方に話を伺うことにした。そして、そこで意外な事実が明らかになったのである。
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--食堂「中勇」、私が農工大に入学した時から既に営業していた。何人かの先輩に聞いてみても同様だと言う。中勇が営業を始めたのは一体いつだったのだろうか? |
話によると中勇が営業を始めたのは、17年前。店主の中村さんが50歳のときだという。店の名前でもある『中勇』は奥さんの中村 勇子さんの名前に由来しているとのことだった。姓である中村さんの『中』と、奥さんの名前である勇子さんの『勇』。
「二人で手を取り合い、新しい店を。」
それぞれの名前を合わせた『中勇』はもしかしたら、そんな想いでスタートした店かもしれない。
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--疲れたから?不動産が絡んでいる?それとも何か他に???
急な中勇の閉店に関しては、様々な憶測が飛び交っていた。どうして中勇は閉店してしまったのだろう。 |
―やっぱり『疲れた』ということらしいですよ―
近所の方に伺ったところ、閉店の一番大きな原因は不動産などではなく、やはり「疲れた」からということだった。厨房で大勢の客相手に、料理を作りつづけることは決して楽なことではないだろう。主人の中村さんは、世間では定年と呼ばれる年齢を既に超えている67歳。そんな中で、少し視点を変え、今までとは違った別の人生をスタートさせてみる。それはごくごく自然なことであり、また、素晴らしいことではないだろうか。
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--道具やなべは勿論のこと、店の看板ともいえる[のれん]さえ、持っていこうとしなかった。そこまで徹底した全く新しい出発、そしてそこに見られる『発つ鳥あとをにごさず』の精神。 |
クリーニング店の主人にお話を伺ったところ、なんと中勇で使用していた中華なべや、カスター、はしおきなどを譲り受けているという。私達はお願いして、それらを見せていただいた。
驚くことに、中勇のご主人は、店を閉めて引っ越す際に、使用していた道具など、一切を持っていかなかったそうだ。それはなべは勿論のこと、長年愛用していた看板の「のれん」でさえ同様だった。そして
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店内の改装を兼ねた、片付けを依頼された業者がそこまで言うほど、綺麗に店を片付け、『中勇』は風のように去っていく。そこに垣間見られる精神は、まさに『発つ鳥あとをにごさず。』である

店を閉めた日、その日に使うつもりだった分の米を炊いていたという。つまりその日の朝までは、いつもどおり営業するつもりだったのだ。しかし突然、思い立ったように、その日の営業を止めると、店を閉めはじめたのだという。
一体その日、中村さんは何を思い、何を感じていたのだろう。 |
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なくしてから初めて気が付くことがある。
そう、私達農工大生にとって、食堂『中勇』はかけがえのない存在であった。昼食の時間になると、いつも賑わいを見せていた中勇の店内。そこはただ食事をするだけでなく、たくさんの人々の笑いと、みんながくつろげる空間が存在していた。今となってはそんな中勇がただ、なつかしい。
・・・食堂『中勇』へ、

そして
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P.S.
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中村さんご夫婦は、現在青梅の方で暮らしているそうです。新しい旅立ちが幸せに包まれたものでありますように、心からお祈り申し上げます。 |
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○今回インタビューに応じてくださった方 |
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--話をお伺いした、中勇正面のクリーニング店、ファッションクリーニングの荻原昌代さん。突然の来訪にも関わらず、なべを見せていただいたり、快く応じてくださいました。本当にありがとうございました。
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