始まったばかりのスマトラ低湿地の人づくり:トゥンビラハン農業技術専門学校を訪ねて
Human Resource Development in a Peat Swamp Area in Sumatra: Tembilahan Polytechnic College of Agriculture

及川洋征(東京農工大学・国際環境農学専攻)

2003年12月、私がお世話した最初の留学生、アルディ・ユスフさんの出身地、インドネシアのリアウ(Riau)州トゥンビラハン(Tembilahan)町を訪ねた。今回、彼の故郷に新設された学校で、何でもいいから講義をしてくれと、頼まれていた。特に準備もせず、学生たちと雑談から始めようと思っていたが、連れて行かれたのは学校ではなくて、下インドラギリ県開発局(Bappeda Kabupaten Indragiri Hilir)の集会ホールだった。 会場に入ると、

 「シンポジウム『泥炭湿地:好機と挑戦』 ―話題提供:Dr. ヨウセイ・オイカワ、トーキョー ユニバーシティー オブ ジャパン」 と立派な横断幕が張ってあった。液晶プロジェクターからも同様の題目がスクリーンに映されている。会場には、総勢100人を超えるトゥンビラハン農業技術専門学校の新入生・教員、県の農業担当者たちが集まっていた。想像していた教室とは全く違うのだが…。

アルディさんは、私が研究面でお世話した最初の留学生だ。文科省国費留学生として2001年10月に来日し、2003年9月に東京農工大学大学院農学研究科の修士課程を修了、インドネシアに帰国した。スマトラ島中部のリアウ州、下インドラギリ県の県庁所在地、トゥンビラハン町の出身である。アルディさんのお姉さんたち、ボゴール農大の卒業生が故郷に学校を新設したので、日本から来るときには、ぜひ講義をして欲しいと頼まれていた。

今回、「東南アジア低湿地における温暖化抑制のための土地資源管理オプションと地域社会エンパワーメントに関する研究」(代表:京都大学教授・小林繁男氏)の一環で、リアウ州の低湿地踏査に参加した。本研究がアルディさんたちの取組みと協力できる点が少なくないと考え、まさに低湿地に拓かれた彼らの本拠地を訪ねてみることにした。 以下では、2003年に新設されたトゥンビラハン農業技術専門学校の概要と、同校主催のシンポジウム(12月20日)のなかで寄せられた、泥炭湿地についての学生および農業関係者の質問・意見を報告し、本地域の農林業開発について私なりの展望を述べたい。

1. トゥンビラハン農業技術専門学校

道路事情がよければ、州都パカンバルー(Pekanbaru)から目的地のトゥンビラハンまでは8時間で行けるとのことだが、今回は、カンパル川の洪水のため、迂回路で12時間を要した。 トゥンビラハンは、インドラギリ川の下流にある町である。この町や周辺の地域史は、高谷好一氏、古川久雄氏、阿部健一氏らの著作に詳しい。住民は、ムラユ人、ミナンカバウ人、中国系など多様であるが、南カリマンタン州を故郷とするバンジャル人の移民とその子孫が特に多い。 トゥンビラハン農業技術専門学校は、正式名はポリテクニック・プルタニアン・トゥンビラハン(Politeknik Pertanian Tembilahan)である。英訳すれば、Tembilahan Polytechnic College of Agriculture となろうか。高校卒業後の3年間の専門教育を担う私立の高等教育機関である。インドラギリ泥炭協会(Yayasan Gambut Indragiri)という組織がこの学校を設立した。この協会自体の設立趣旨や活動の詳細は知ることができなかったが、大学を卒業した高学歴の人々が設立者として名を連ねている。 

本専門学校は、地元の農業分野の現場で「すぐに使える(siap pakai)」人材育成をめざし、2003年10月に開校した。以下、同校の概要をリーフレットより紹介する。

設立の背景 グローバル時代の労働市場のなかで、競争のために労働者層が弱体化し取り残される。その要因として、労働者の質の低さが挙げられる。これは、高卒レベルの人材の知識と熟練度をさらに高めるには、機会が限られているためである。教育と熟練度の低さは、以下の結果をもたらす。

 ・大企業中心の経済構造 ・労働者層は、自営業や中間管理職レベルの正規職員に就労するための機会がない。 ・天然資源は、リアウ州の発展のために充分に活かされていない。 ・潮汐の影響を受ける低湿地、海岸線、泥炭地といった広大な土地と、先進技術と専門的人材を要する農産物の潜在性は、いずれも充分に開発されていない。

トゥンビラハン農業技術専門学校は、人的資源の質の向上を目的として、リアウ州に支持を得た下インドラギリ県が設立した。

未来像と使命 本校の未来像: 特にリアウ州およびスマトラ地域において、農業技術分野および関連産業の人的資源を供給できる専門学校・高等教育機関になることである。 本校の使命: ・農業分野あるいは関連分野で、熟練人材、中堅の人材、専門的人材、「すぐに使える」人材を提供することのできる教育方法を開発する。 ・高等教育機関の3つの柱である、教育・研究・社会貢献を実践する。

設立の基礎 トゥンビラハン農業技術専門学校は、2002年2月13日付のイスラ・サミアンティ氏の公証証書第10号に基づき、インドラギリ泥炭協会の傘下に置かれる。 農園作物栽培学科、水産養殖学科、農産工学科、以上3つの学科を開設する。

キャンパス施設 場所は、州道トゥンビラハン―プロウ・パラス線沿いのトゥンビラハン第1水路にある。2002年から、2ヘクタールの敷地に床面積1500uの2階建本校舎の建設がはじまっている。講義室、実験室、教員室、事務室、図書室、修理修繕室が既に建設され、その他、見本園、養魚池、会議室、集会用ホール、駐車場、学生寮、学生食堂などが、建設予定である。

学校の支持母体 教育スタッフ20人を集めた。質の高い教員を用意するため、ボゴール農科大学の協力で、教員の選抜・6ヶ月間の研修が行なわれた。また、非常勤講師、特別講師、客員講師を、ボゴール農科大学、リアウ大学、リアウ・イスラム大学や下インドラギリ県から招聘している。

トゥンビラハン農業技術専門学校の教育は、カリキュラムもシラバスも国立農業技術専門学校で行なわれるものと同様である。6学期120単位のうち、3割が理論、7割が実習である。本校のカリキュラムは、農業、農園業(=プランテーション)、漁業各部門の求人に応えるため、普及・政府関連・私企業のスタッフやアグリビジネス・農産工業の独立した経営者として、専門的中級レベルの信頼できる人材を育成する。本校の卒業生には、中級学士の学位が得られる国立農業技術専門学校卒業と同等の、ディプロマの資格が授与される。

募集案内と応募資格 2003年に3学科にて新規学生を募集する。 

募集 
1.募集期間2003年7月1日〜20日 
2.申し込み トゥンビラハン町ガジャマダ通り17番 協会事務局 
3.申し込み手数料 10万ルピア 
4.年間学費 120万ルピア 
5.開発経費 20万ルピア ただし、4と5は、試験合格後に支払う。

2003年12月現在、農園作物栽培学科51人、水産養殖学科21人、農産工学科55人、合計127人の学生が在籍している。県エステート局長のラミル・ワリド氏が校長を務め、ボゴール農大卒の常勤教員20人が学生の指導にあたる。下インドラギリ県が本校運営の資金的な支持母体である。しかし、補助金の制約から、校舎の内装設備は予算待ちであり、近隣の専門学校の教室を借りて講義が行なわれているとのことであった。

2.学生達の泥炭湿地に対する関心

2003年12月20日のミニシンポジウム「泥炭湿地:好機と挑戦」のなかで寄せられた、泥炭湿地についての学生・教員および県の農業行政関係者の質問と意見は次のとおりであった。

質問1:湿地の干拓の可能性と問題点について教えてほしい。
質問2:泥炭地の種類を判別する指標を教えてほしい。
質問3:泥炭地の利用に際して、何か基準があるか。
質問4:泥炭地ではどのような栽培作物が推奨されるか。
質問5:泥炭地での養魚は可能か。
意見1:リアウで研究するなら、成果を適正技術(Teknologi Tepat Guna)として普及して欲しい。

参加者の多くは、泥炭湿地の利用を肯定的に捉え、いかに開発していくかに関心が高いことがわかった。しかし、これらの質問に対して、私は満足に解答することはできなかった。アルディさんは、泥炭湿地林を開墾するなら、泥炭層の分解が進むので、地盤沈下は避けられないことを説明した。農業的利用を考えるなら、泥炭層の減少速度をいかに遅くして、できるだけ長い年数、生産力を持続させるかを考えるしかない。 シンポジウムの終わりに、学生代表から、ぜひ今後も日本の大学との協力関係を発展させ、奨学金制度を設けて欲しいと要望された。また、教員からは、我々海外からの訪問が現地の学生・教員の士気を高めるので、ぜひ継続して訪問して欲しいと要望された。 

その後、建設中の専門学校を見学しながら、教員達と意見を交換した。我々外国人研究者の訪問の折に、特別講義や合同実習、現地の教員や学生と共同調査研究を実施することを、同校として大いに歓迎するとのことであった。これに対して、私は、日本の共同研究者とともに本専門学校を訪ね、特別セミナー、共同調査を実施したい旨、彼らに申し出た。

おわりに

今後、地域の農業部門を担う人材がこの農業技術専門学校において育成されていく。本校の教育プログラムの充実には、低湿地の生態環境に適した資源管理方法・農林水産技術についての研究を推進し、その成果を講義・実習に活かしていくことが肝要である。今回の訪問を通して、低湿地でのフィールド調査・研究の成果を、地元の教育研究に、さらには地域開発に還元することが重要な課題であることを確認した。今後、同校の学生・教員との交流を深め、低湿地村落での適正技術の探求と普及・改良に関わっていきたい。(2004年4月30日)

 


シンポジウムの様子:左から校長、司会の教員、講演者2(及川)、講演者1

 


シンポジウム会場の様子

 


教員および県職員と記念撮影

 


学生たちと記念撮影

 


建設中の本校舎


低湿地のなかのキャンパス:赤い屋根の図書館も建設中 


インドラギリ川に建設中の橋:トゥンビラハンまで30kmの地点。州都パカンバルーが近くなる。

→戻る