超音速分子線および低温希ガスマトリックス
単離法によるスピロピランの分光学的研究

 色素の中には,いろいろな機能を持ったものがあります。その機能は非常に広い分野で応用されていて,色素を機能性分子の代表と言っても過言ではありません。そのような色素の中で,フォトクロミズム(光異性化)を示す化合物として知られているスピロピランの一種SP-1(Fig.1)について研究を行っています。
 SP-1は,暗所では無色ですが,溶液にして紫外光を照射すると色をもったメロシアニン色素MC-1(Fig.1)に異性化します。MC-1は,可視光照射あるいは暗所で熱をかけることによってSP-1に戻ります。このような現象はフォトクロミズムとよばれ,光スイッチングや光メモリーなどといった情報記録材料への応用の可能性が考えられています。

 フォトクロミズムそのものが複雑な現象であるばかりではなく,MC-1の吸収極大波長やMC-1からSP-1への熱的に戻りの速さに大きな溶媒効果があることが見出されています。さらにMC-1には,共役系の二重結合回りによる異性体が複数存在するといわれています。このような複雑な異性化反応や溶媒効果を起こすために,SP-1やMC-1の電子スペクトルや振動スペクトルを分子種ごとに区別して観測するのは困難です。そのために,現在のところ溶媒効果や異性化反応のメカニズムについての考察は進んでいません。
 本研究の目的は,2つの方法,超音速分子線および低温希ガスマトリックス単離法を用いて,孤立分子状態あるいはいくつかの溶媒分子と会合体を形成した状態のSP-1やMC-1のスペクトルを観測して,溶媒効果や異性化反応について考察することです。これらの手法を用いると,溶液中とは異なって分子間相互作用や異性化反応をある程度制御することができます。そのような条件下で種々の分光法(例えば多重共鳴のレーザー分光法)を応用することにより,それぞれの分子種のスペクトルを観測することも可能になると期待されます。なお,低温希ガスマトリックス単離法の実験に関しては,中田研究室の装置を使わせていただいています。
 低温希ガスマトリックスの実験から,SP-1は蛍光を持たないので,超音速分子線状態でレーザー誘起蛍光分光法(LIF分光法)を用いて観測することはできないことがわかりました。さらに,MC-1は蛍光を持つとわかっているので,分子線中でSP-1に紫外光を照射してMC-1をつくり,そのMC-1についてLIFを測定することを現在試みています。
 また,低温アルゴンマトリックス中でのSP-1の赤外吸収スペクトルを観測することに,成功しました。その実験結果に従い,マトリックス中でのSP-1の振動の帰属を試みています。マトリックス中でも紫外光照射によってMC-1が生成することが,目視による発色の観測で確認されました。MC-1の赤外吸収スペクトルの観測についても試みています。

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