Chemical Joke

 これまでに雑誌や単行本で書いてきたケミカル・ジョークの中で,気に入った作品をここに集めてみました.どうぞ,お楽しみください.(「化学と工業」((社)日本化学会),「なっとくする量子化学」(講談社),「なっとくする機器分析」(講談社)より.)



無機と有機

ある大学の化学教室での会議が終わって・・・.

「M教授はいつもすぐに興奮するね.あのように怒ってばかりいたのでは,ほかの人はなにも聞いてくれないのに」

「しかたがないよ.彼の専門はむき化学だからね」

「それにくらべると,Y教授はりっぱだね.正しいことは正しいと言うし,間違っていることは間違っていると,はっきり言うからね」

「当然だよ.彼の専門はゆうき化学だからね」

「ところで,君も以前はM教授のようにすぐにムキになったそうだが,最近はY教授のように勇気ある発言をするね」

「ああ,私の尊敬する化学者は,シアン酸アンモニウムから尿素を合成したウェーラー博士だからね.無機から有機に変わるのは簡単だよ」

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環境破壊

A氏:「この森はずいぶん枯れているねえ」

B氏:「あー,大気を汚染する窒素酸化物や硫黄酸化物のせいさ.NOXSOXが雨に溶けて降り注いだからね. 最近は少し収まってきたらしいけれど」

A氏:「酸性雨だろ? 聞いたことがあるよ.確か,レモンよりも酸性度が高くて,公園にある銅像も溶けたらしいね.ところで,あの鶏小屋のまわりの仰々しい囲いは何なのだい?」

B氏:「あー,あれかい.あれはフッ素酸化物から鶏を守るためだよ」

A氏:「フッ素酸化物????」

B氏:「きつねだよ.きつねを英語で言えばFOxさ」

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 ”まぎわ効果”と”とたん効果”

いつの頃からこの言葉が使われ出したのかはわからない.私が大学院の学生の頃には,すでに使われていた.学会の要旨の締め切りまぎわとか,博士論文の締め切りまぎわになると,それまでにほとんどデータを出せなかった学生が,すばらしい成果をあげることを表現するときに使う.

相撲の世界にも“まぎわ効果”はある.ある年の夏場所の成績をみると,8勝7敗の力士が16人もいるが,7勝8敗の力士は1人しかいなかった.勝ち越しまぎわになって,一生懸命に努力した結果である.ところで,驚いたことに9勝6敗の力士は2人しかいなかった.これは勝ち越したとたんに実力を出さなくなったためであろう.これを“とたん効果”と呼ぶことにしよう.

学生の世界にも“とたん効果”はある.博士論文を書き終えたとたんに研究をしなくなる.困ったことである.しかし,学生ばかりではないのかもしれない.教授になったとたんに・・・.

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化学的方言

ある夏の日の午後のことである.静岡県清水市出身の学生の目に,壊れたブラインドから強い日差しが当たっていた.その学生いわく,

「ヒドロシイなあ」

隣にいた学生が驚いてすぐに聞き返した.

「えっ,Hydroxy何?」

なんと化学的な響きのある言葉であろうか.

ちなみに,私の出身の三河地方には,次のような化学英語がある」

「このNd:YAGレーザーはすぐに壊れてヤグい(質が悪い)なあ」

「廃液となったconcH2SO4 を処理するのはコンキい(面倒くさい)なあ」

皆さんも暇なときにふるさとを思い出しながら,化学的方言を探してみてはいかがでしょうか.

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幼稚園でも化学熱力学?

N氏の娘は幼稚園に入園し,早くも化学者の片りんを見せ始めている.ある日のこと,幼稚園の先生:
「さあ,きょうは“アラジンと魔法のランプ”のお話を聴きましょう.・・・・・・ランプの油が煙となって,魔人が現れました・・・・・」

N氏の娘:「先生,これは相転移のお話だよね」
幼稚園の先生:「??????」
翌日のこと,幼稚園の先生:
「さあ,きょうは“やぎさんゆうびん”のお歌を歌いましょう.・・・白やぎさんからお手紙ついた.黒やぎさんたら読まずに食べた・・」

N氏の娘:「先生,これは永久機関のお歌だよね」

幼稚園の先生:「??????」

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研究テーマは名前で決まる?

対称性のある分子と対称性のない分子があるように,人の名前にも対称性のある名前とない名前がある.たとえば,吉田,田中,森などは縦書きにすると対称性があり,海部,小渕,橋本などは対称性がない.K教授の研究室では,研究テーマが名前の対称性によって決まるという恐ろしい事実が判明した.過去5年間に大学院に入学した学生の研究テーマを調べたところ,分子の対称性に関係した研究テーマを与えられた学生の名前は,中田,中山,森,山本,山内であった.一方,そのほかの研究テーマを与えられた10人の名前を調べたところ,一人も対称性がなかった.このことをK教授に指摘したところ,
「決して意識して研究テーマを与えたわけではない」
と反論された.ただ,それ以降,K教授は意識して名前と研究テーマが関係しないように努力されているようである.

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I + I → ?

プロピレン(CH3-CH=CH2)の酸化反応を研究しているN博士,その成果をまとめて論文にすることにした.さっそく,新しい秘書となったY嬢にタイプをしてもらったところ,プロピレンがすべてCH3-CH=H2とタイプされている.なぜか最後のCが抜けている.このことをY嬢に指摘をすると,CH3からCHを引き算したらH2が残るはずだと思ったという.このY嬢,どうやら頭の回転が良すぎるらしい.もしかしたらと思い,反応生成物のアセトアルデヒド(CH3-CH=O)を調べてみると,果たしてCH3-CH3=0(ゼロ)とタイプしてあった.

さて,結婚を間近にひかえたY嬢,N博士のところへやってきて,

「I + I はどうなると思いますか?」

と質問してきた.ヨウ素とヨウ素が反応すればヨウ素分子になるしかないとN博士が答えると,Y嬢の答えは,

「I + I → We

愛が結ばれて,これから二人は一緒になるという意味だという.所詮,N博士とY嬢とは生きている世界が違うのだ.

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無駄な買い物

ある大学のレーザー研究室にセールスマンがやってきた.

「レーザーは目に入ると大変危険です.一瞬のうちに網膜が焼けて,失明してしまいます.しかし,ご安心ください.このたびわが社で開発したこの防護眼鏡は,これまでのものと違い,赤い光を100%カットすることができます」

これを聞いて教授は喜んだ.

「それはすばらしい.うちでは赤い光の色素レーザーを使っている.さっそく買って学生に使わせよう」

しばらくたったある日,教授が実験室にやってくると,学生が肝心の防護眼鏡をつけずに,危なっかしそうにレーザー光を調整していた.

「せっかく高いお金を払って完璧な防護眼鏡を買ったのに,君はなぜ使わないのかね」

「実は,この防護眼鏡をつけるとレーザー光がまったく見えなくなって,調整ができなくなってしまうのです」

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分子分光学のオリンピック

分子分光学のオリンピックが開催された.最初の競技種目は気体分子のレスリング.選手は透明なエチレンと褐色の二酸化窒素.

エチレンの応援はマイクロ波分光法.マイクロ波分光法が一生懸命にマイクロ波を送るけれども,エチレンは吸収できなくて,エネルギー不足.

一方,二酸化窒素の応援は可視分光法.二酸化窒素は可視光線を吸収して,元気いっぱい.いきなり,己の酸素原子をぶつけて,エチレンをオキシランにしてしまった.

しかし,飛び道具を使ったために,二酸化窒素の反則負け.

二酸化窒素はつぶやいた.

「オリンピックだから,酸化することに意義があるのさ」

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光・赤外・可視

アメリカに留学して,1年が経とうとしているN氏,ついに,ある光反応の中間体を発見し,その赤外吸収スペクトル(Infrared Spectra, IR)の測定に成功した.しかし,可視吸収スペクトルを測定しようとすると,壊れてしまって,うまく測定できない.どうして,赤外はよくて可視はだめなのだろう.N氏の頭の中はいつもこのことでいっぱいだった.

 そんなある日,日本にいる妻からの国際電話.

「もしもし,今日,光は赤外があって,そのあと可視が出たそうよ!」

光? 赤外? 可視? 何のことかさっぱりわからない.よく聞いてみると,夏休みが終わって,娘の幼稚園では席替えがあって,そのあと皆で菓子を食べたということらしい.そして,光は娘「ひか理」のこと.

娘の名前を間違えるとは父親失格だといわれ,答えるN氏.

「いやいや,私は愛あーーる(IR)」・・・・アメリカの夏は寒い.

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FNSそれともNSF?

研究者は,研究している分子と,いろいろな関わり方をするものである.

アメリカのウィルソン博士は,FとNとSからなる未知分子のスペクトルを解析し,その分子がF-N=Sではなく,N≡S-Fであることをつきとめた.そして,たまたま,この研究のための費用を出していたNSF(National Science Foundation)に感謝をした.

この話を聞いた小野(Ono)博士,二酸化窒素(ONO)こそわが分子と考え,スペクトルの解析を始めた.しかしながら,スペクトルは複雑で,なかなか解析ができない.そこで,奥さんにも手伝ってもらって,二人で試みたところ,意外と簡単に解析できた.

この分子は,ほとんどが二量体(O2NNO2)として,存在していたのである.

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シュレーディンガーの猫

量子論は,波動関数とか,電子スピンとか,わけのわからない概念が多い.

ある日の量子化学の講義のときである.開いていたドアから1匹の猫が教室に入ってきた.そして,教壇の隅に座ってじっとしていた.

「どうだ,猫でもわかるようにやさしく説明をしているから,聞きに来たではないか.皆も,猫を見習って,しっかりと理解するように」

しばらくして,学生が叫んだ.

「先生,講義がつまらないから,猫,眠っちゃったよ」

「そんなことはないだろう.シュレーディンガーの猫は眠っている確率が半分,起きている確率が半分のはずだ」

「あ,本当だ.この猫,片目をあいている!」

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美味しいお酒

最近,クラスターサイエンスが盛んになっている.「分子集合体」の科学のことである.分子と分子がどのように相互作用しているかを調べることができる.

これを聞きつけたある酒造メーカーがN先生に美味しいお酒を調べてもらうことにした.その結果,美味しいお酒はアルコールのまわりに適当な数の水がくっついていることがわかった.

N先生は研究成果を報告しようとパソコンに向かったが,ちょっと酔っていたせいか,「ぶんししゅごうたい」と打ち込んで文字を変換してしまった.画面をみながら,N先生はつぶやく.

「そうか,これが分子酒豪体か」

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最も安定な回転異性体は?

アリルアミン(CH2=CH-CH2-NH2)には二つの回転軸があり,いくつかの回転異性体が考えられる.すなわち,C-C軸まわりに関してはシス形(C)とスキュー形(S)が存在し,C-N軸まわりに関してはゴーシュ形(G)とトランス形(T)が存在する.どの組み合わせの回転異性体が最も安定なのかを考えていたが,すぐにはわからなかった.そこで,気晴らしにプロ野球ニュースを見ていると,その日は広島(C)対ヤクルト(S)は広島が勝ち,巨人(G)対阪神(T)は阪神が勝った.なるほど,アリルアミンもシス-トランス形(CT)が最も安定なのかもしれない.

最近は量子化学計算で簡単に異性体のエネルギーを計算できる.そこで,実際に計算してみると,確かにアリルアミンはCT形が最も安定であることがわかった.

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電子メールは届かなかった

海外出張を目前に控えたN氏,アメリカにいるあるドイツ人に,たどたどしい英語で国際電話をかけていた.そして,こちらのメールアドレスを伝えるために,化学者らしく,元素記号を使って伝えることにした.

NitrogenNCarbonCOxygenO……」

しかし,最後のJPJを伝えるときに,はたと困った.あわてたN氏,JIの次だから,

The next of Iodine

と言ったところ,相手はどうやらXeと思ったらしい.確かに,周期表ではヨウ素(I)の次はキセノン(Xe)である.その後,メールは一度も届かなかった.

N氏の反省:相手がドイツ人なのだから,素直にJod(ドイツ語でヨウ素)のJと言えば通じたのに…….

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毒のある話

サンフランシスコ国際空港のある免税店での話である.ショーケースの中に,得体の知れない液体の入っている赤紫色のガラスの小ビンが置かれてあった.なんとラベルには“毒”(Poison)と書かれている.驚いて,近づいてよく見ると,フランスのある有名ブランドの香水であった.確かに,かなり高価なものであるから,奥さんのお土産に買って帰るご主人の目には,毒なのかもしれない.

そういえば,以前に,日本のある大手の製薬会社が“ホスジン”(Phosgene?)という飲み薬を売り出したことがあった.これは,第一次世界大戦中にドイツ軍が使用した毒ガス“ホスゲン”と同じ名前である.毒を持って毒を制すということなのだろうか.

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金は電気を通さない?

「お父さん,金は電気を通さないんだよ」

娘が金色の折り紙と銀色の折り紙,豆電球,導線,それに電池を持ってきた.なるほど,銀を間にはさむと豆電球はつくけれども,金はつかない.化学を教えるものとしては,これを見過ごすことはできない.そこで,妻のマニキュアの除光液と綿棒を持ってきて,金の折り紙の両端をこすってみると,なんと,銀(アルミホイル)が現れた.金色の折り紙はアルミホイルに絶縁性の透明樹脂塗料が塗ってあったらしい.両端に電池と豆電球をつなぐと,めでたく光った.

翌日,大学から金箔を持ってきて,金が確かに電気を通すところを娘に見せていると,妻が18 Kのネックレスを持ってきた.さっそく,電気を通すかどうかを試してみると,なんと,豆電球はつかない.さては,このネックレスもメッキではないかと疑ってみたけれども,両端をしっかりと引っ張ると,豆電球はなんとかついた.どうやら今度は接触不良だったらしい.

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突然変異

分子生物学の進歩は目覚しく,かなり複雑なDNAの核酸塩基配列なども,たやすく解明されるようになった.その中には,見ていて楽しくなるような配列もある.例えば,ウシの心臓のミトコンドリアに関係したDNAの第214番目からの配列は,以下のとおりである.

←|→

G-T-T-G-T-C-T-G-T-T-G

これは「たけやぶやけた」でおなじみの回文的配列である.

話題をプロ野球に転じよう.1980年代のセントラルリーグの優勝チームを並べてみた.

←|→

  C-G-D-G-C-T-C-G-D-G-(C)

198年の阪神の優勝を折り返し点として,やはり回文的配列となっている.1990年に,広島が優勝することを期待していたのだけれども,残念ながら,巨人が優勝し,広島の優勝は翌年だった.突然変異はどこにでもあるものだ.

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カフェ・ローマの思い出

アメリカ合衆国の西海岸に位置する学問の杜,バークレーはとても気候のよいところである.ほとんど雨も降らず,いつもさわやかである.夏にクーラーをつけることもなく,冬にストーブをつけることもない.そんなカリフォルニア大学のバークレー校で,一年間ほど研究のために過ごしたことがある.

ある日のこと,共同研究者のHF.博士と一緒に,キャンパス近くの喫茶店,カフェ・ローマに出かけた.二人はコーヒーを飲みながら,その当時,話題になっていた常温核融合の話をしていた.常温核融合というのは,常温で重水の中に電極を入れて電流を流すと,重水素がヘリウムに変わって核融合が起こるというものである.

HF.博士は,にやにやしながら,実は電子をぶつければ,重水素からではなく,普通の水素からヘリウム原子ができると言い出した.私がびっくりしていると,彼は鉛筆と紙を取り出した.そして,”It is a joke.”と言いながら,次のような反応式を書いた.

H + e → He

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空気に押しつぶされる

「お父さん,空気は何でできているの?」

小学生の娘がたずねてきた.どうやら,学校で空気のことを習ってきたらしい.

「空気は窒素と酸素という気体でできているのだよ」

私が答えると,娘は質問を続けた.

「空気はどのくらいの重さなの?」

「そうだな.このくらいで,約1グラムかな」

私は両手で1リットルくらいの大きさをつくった.

娘の質問は続く.

「空気は空のどの辺まであるの?山の上にもあるの?」

「そうだよ.だいたい,10万メートルぐらいはあるかな」

私がそう答えると,娘は両手で頭をかかえた.

「わあー.空気に押しつぶされてしまうよ」

その後,私は娘を安心させるために,長い時間をかけて,圧力について説明しなければならなかった.

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メチルはミサイル?

 日本語では,化合物名をほとんどローマ字読みにする.たとえば,methaneならば「メタン」のようにeを「え」と発音し,aを「あ」と発音する.一方,英語ではeを「いー」と発音し,aを「えい」と発音し,yを「あい」と発音することが多い.英語の講演でもっとも混乱するのが炭化水素の名前である.

日本語の発音 →  英語の発音

アルカン  →  alkane(アルケイン)

アルケン  →  alkene(アルキーン)

アルキン  →  alkyne(アルカイン)

日本語と英語で,なんとなく,結合の数が一つずつ,ずれているような気がする.

先日,国際会議で外国人と英語で議論をした.そのときに,たまたまメチル(methyl)基のことが話題になった.英語で発音するときには,eを「いー」でyを「あい」で発音することを覚えていたので,メチルを「ミサイル」と発音した.すると,相手は「It is dangerous」と言った.どうやらmissileのことと思ったらしい.メチルは英語で「メシル」と発音するらしい.

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あっと言う間に

昔は,小さいものを表すときに,よく,ミクロ(微視的)の世界といった.ミクロンというのはマイクロ(μ)のことであり,10-6を表す補助単位のことである.マイクロメートルと言えば,0000001メートルあるいは0001ミリメートルのことである.科学技術が発展すると,さらに,小さなものまで研究できるようになってくる.最近では,ナノスケールとかナノテクノロジーなどという言葉が使われるようになっている.ナノとは10-9を表す補助単位である.

補助単位を表す言葉は大きさだけではなく,短い時間を表すときにも使われる.マイクロ秒は0000001秒のこと,そして,ナノ秒は0000000001秒のことである.とくに,パルスレーザーが使われるようになってからは,ナノ秒でスペクトルを測定することも容易になった.最近では,さらに短い時間で測定できるようになり,ピコ(10-12)秒レーザーとかフェムト(10-15)秒レーザーと言われている.そのうち,“あっと”言う間にスペクトルを測定できるようになるかもしれない.10-18のことをa(アト)という.

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Yes or  No

新学期が始まると,新しい卒業研究生が研究室に配属されてくる.最近の大学生はたいへんおとなしい.そして,遠慮がちである.まだ,慣れていない実験室の中で,必要な器具を自分で探そうとしている.ちょっと尋ねてくれれば,すぐに見つけられるのに.

あるとき,見るに見かねて,こちらから尋ねてみた.

「何か,探し物をしているのかね?」

「ええ,気体の試料を入れるガラスの容器を探しているのです.この容器には何か入っていますか?」

学生は一酸化窒素の気体の入った1リットルほどのガラスの容器を私に指し示した.私は答えた.

「容器に書いてあるだろう」

学生はいきなり容器のコックを開けた.一瞬にして,一酸化窒素が二酸化窒素になって,褐色の気体が漂った.学生は驚いて,

「容器にはNo (ノー)と書いてあったのに・・・」

「それはNO(エヌ オー)と読むのだよ」

容器が空だからといって,NOと書くわけがない.とにかく,新学期は気をつけよう.

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ベンゼンは亀?

大学院で研究をしているときに,後輩に体格の良いSY.君がいた.電子回折法を使って,一緒に,いろいろな有機化合物の分子構造の研究をしていた.その中に,シクロプロパン,1,4-シクロヘキサジエン,バレレンがあった.いろいろな興味から,たまたま,この3種類の分子の構造を研究していたのだけれども,私にはそれが偶然とは思えなかった.私は体格のよいSY.君に言った.

「バレレンは君みたいだね」

バレレンとは英語のbarrel,すなわち,樽に似ていることから名づけられた名前である.そして,私は続けた.

1,4-シクロヘキサジエンは横から見た君みたいだね.シクロプロパンは上から見た君みたいだね」

分子はその形から,いろいろなものにたとえられる.まさに,亀そのものの形をしたベンゼンがある.デュワー型ベンゼンという.水素原子を両手と両足,頭と尾で置きかえれば完璧である.




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ギリシャ文字は難しい

大学では,数学などの自然科学系の講義でギリシャ文字が頻繁に出てくる.座標が(x, y, z)から(ξ,η,z)になったりする.はじめて見るギリシャ文字の読み方もはっきりとわからないままに講義は進む.学生は書き慣れていないので,黒板に書かれたギリシャ文字をノートに写すにも時間がかかるし,χとx,ρとpを間違えたりもする.

量子化学でも,ありとあらゆるギリシャ文字が使われる.その中で,最も基本的な文字がΨである.“プサイ”と読む.これが何を意味するのかを理解することが量子化学の出発点である.

先日,量子化学の試験を行った.採点をしていると,白紙の答案用紙があった.残念ながら,何もわからなかったらしい.何気なく裏を見てみると,紙いっぱいに“Ψ”という文字が書かれていた.隅には小さく,“お手上げ”と書かれていた.

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それは嘘だろう!

久しぶりにサンフランシスコ国際空港にやってきた.入国手続きを済ませてゲートを出ると,あのときと同じようにHF.博士が待っていてくれた.

「はーい,元気そうだね」

「あー,君も元気そうだね」

「もう,あれから20年になるね.カフェ・ローマでの話はおもしろかったね」

「あー,水素原子に電子をぶつけると,ヘリウム原子ができるという話かい(H + e He).なつかしいね.常温核融合が騒がれていた時代だったからね.ところで,最近はどんな研究をしているんだい」

「相変わらずだよ.原子に電子をぶつけてどうなるかを調べているんだ.速い電子をぶつけると,原子の中の電子がはじきとばされてカチオンになるし,遅い電子をぶつけると原子に付着してアニオンになるんだ.しかし,不思議なことに,リチウム(Li)に電子をぶつけてもカチオンにもアニオンにもならないんだ.どうしてかわかるかい?」

「あー,わかっているよ.嘘なんだろう」

「あー,そのとおりだよ.嘘(Lie)なんだ」

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分子振動と分子回転!

N先生は分子科学の専門家.そして,学生の質問には何でも答える優しい先生.

先生:「炭素が60個からなる安定な分子が発見されました.これをサッカーボール分子と言います」

A君:「先生,昨日,ワールドカップを見ていたら,サッカーボールには五角形も六角形もありませんでした」

先生:「分子は 絶対零度でも振動しているから,頂点の原子は止まって見えないのだよ.これを零点振動というのだよ」

A君:「?????」

B君:「先生,シュートしたボールが回転していないと,どうしてキーパーがボールを捕れないのですか?」

先生:「まったく回転していないということは,回転温度が零度ということだ.キーパーが触ったら凍傷になってしまうだろう」

B君:「?????」

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無機と有機
環境破壊
”まぎわ効果”と”とたん効果”
化学的方言
幼稚園でも化学熱力学?
研究テーマは名前で決まる?
I + I → ?
無駄な買い物
分子分光学のオリンピック
光・赤外・可視
FNSそれともNSF?
シュレーディンガーの猫
美味しいお酒
最も安定な回転異性体は?
電子メールは届かなかった
毒のある話
金は電気を通さない?
突然変異
カフェ・ローマの思い出
空気に押しつぶされる
メチルはミサイル?
あっと言う間に
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ベンゼンは亀?
ギリシャ文字は難しい
それは嘘だろう!
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代表作:  環境破壊   シュレーディンガーの猫  分子分光学のオリンピック