1. はじめに


(磁性細菌とは)

 磁性細菌は、その菌体内に50〜100nmのマグネタイトの微粒子が10〜20個ほど連なったマグネトソームを保持している。磁性細菌は、べん毛を2本有する両指向性と1本しかべん毛を持たない単一指向性とに分けられる。両指向性磁性細菌としては、Aquaspirillum magnetotacticum MS-1、Magnetospirillum gryphiswaldense MSR-1 、Magnetospirillum AMB-1、MGT-1などのらせん菌(図1図2 )が単離され、分子生物学的な分類が行われている。一方、単一指向性磁性細菌は硫酸還元をする桿菌の磁性細菌RS-1が単離されているのみであるが、光学顕微鏡や電子顕微鏡で球菌や桿菌が多く確認されている。単一指向性の磁性細菌は地磁気を感知し、磁力線の方向を認識することができる。すなわち細菌は、北半球では北(S極)に、南半球においては南(N極)に向かって泳ぐことが知られている。磁性細菌はマグネトソームを保持することで磁力線方向に配向することができる。このことにより地磁気がマグネトソームを有する細菌の運動方向を決定しているということが示された。したがって、マグネトソームは、菌体内で磁気を感知するコンパスとなっていると推定されている(図3)。

(磁性細菌の生成する磁気微粒子)

 磁気微粒子(図4)をエネルギー分散型分析装置を用いて分析したところ、主成分が鉄及び酸素であることから、磁気微粒子は鉄の酸化物(FeO,Fe2O3,Fe3O4)であると考えられた。さらに、電子線回折を行ったところ、電子線回折パターンは純粋なマグネタイトのパターンと一致した。また、高分解能透過型電子顕微鏡で結晶の格子間距離を測定したところ、人工のマグネタイトとほぼ一致した。
 以上の結果から、分離した磁気微粒子もマグネタイトの結晶であることが示された。この磁気微粒子の大きさ、形状を解析したところ、単磁区の磁気微粒子であることが確認された。磁化特性も人工のマグネタイトとほぼ一致することが明らかになった。
 さらに、磁気微粒子を覆う有機薄膜について解析を行った。まず、クロロホルム-メタノールで処理した時に膜の存在が認められなかったことから、脂質が有機薄膜の構成成分になっていると推察された。そこで、有機薄膜の脂質成分について薄層クロマトグラフィー(TLC)を用いて分析したところ、脂質成分中に3種のリン脂質が検出された。このリン脂質の一つは、ホスファチジルエタノールアミン(PE)であることが明らかになった。リン脂質は全脂質の58%を、PEはリン脂質の50%を占めていることが明らかになった。このように、磁気微粒子は、薄膜に覆われているため凝集しにくいことから、酵素、抗体の固定化担体としての応用が考えられる(図5)。

2. 磁性細菌を利用した生物学的環境修復(バイオレメディエーション)


 バイオレメディエーションは、微生物等のバイオマスの生態系を利用して環境中の有害、汚染物質を除去する、環境浄化システムである。海洋性微細藻類、光合成細菌を利用した大気中の二酸化炭素の固定や亜セレン酸イオンの還元が確認されている(図6)。しかし、汚染物質を含む菌体の除去には遠心回収など煩雑な操作を必要とした。
 一方、磁性細菌は磁力線に沿って泳動することから簡便に磁気回収できる。また、磁性細菌は鉄イオンを取り込み、菌体内にマグネタイトの結晶粒子を形成する能力を有することから、環境中に含まれる有害金属イオンを始めとする汚染物質を磁気的に除去できると考えられる。このような性質を持つ磁性細菌を用いて、バイオレメディエーションへの応用について検討を行った。
 これまでに、磁性細菌を用いた亜テルル酸イオン、ニッケルイオンなど各種有害金属に対する耐性、取り込みについて検討してきた。亜テルル酸イオンに対しては 80 オMまで耐性があり、菌体内にテルル結晶を生成することが確認された(図7)。また、磁気微粒子を同時生成していることから、菌体の磁気回収が可能であった。このことから、磁性細菌を用いて環境中の汚染物質を除去回収することができ、バイオレメディエーションに応用できることが示唆された。

3. 磁性細菌粒子を用いたドラッグデリバリーシステム の開発


 磁性細菌粒子を用いて、ドラッグキャリアーとしてのマグネットリポソームを作製し、磁気誘導型のドラッグデリバリーシステムの開発を行っている。マグネットリポソームに封入された薬剤を、外部磁場によって目的の場所に誘導・固定・放出制御することで、効果的なドラッグデリバリーシステムの構築(図8)が可能であると考えられ、ガン治療、遺伝子治療への応用が期待できる。また、分散性に優れた磁性細菌粒子を用いることで、薬剤封入率の高いマグネットリポソームの作製が可能となった。現在、抗癌剤CDDPを封入したマグネットリポソームについて、in vitro での抗腫瘍作用、外部磁場による患部への薬剤固定が確認され(図9)、ドラッグデリバリーシステムにおけるマグネットリポソームの有効性が示された。