航空機に働く空気力を光で測る 〜 感圧塗料

東京農工大学 工学部機械システム工学科 亀田正治

1 超音速旅客機コンコルド

 大空を飛翔する航空機の姿(図1)は,大変美しいものですね.しかも,航空機は,機械工学の総力を結集した先端技術の塊です.ですから,機械好きの方なら一度は「開発に携わりたい」と思うのではないでしょうか.ここでは,航空機開発には欠かせない,機体に働く空気力測定のための最新の技術を紹介します.

2 翼に働く空気力

 航空機は,翼が空気から受ける力を利用して空に浮かんでいます.図2は翼の断面図です.図のように翼を傾けると,翼の下側は風をまともに受けますね.これに対して,上側は,翼が風除けの役割をするために風がまわりこみづらくなります.この結果,翼の下側に働く力(圧力)は,上側に働く力に比べて大きくなります.この力の差を揚力(ようりょく)といいます.揚力と飛行機自身の質量に働く力(重力)とのバランスをうまく取ってやることで,飛行機は上昇,下降,旋回,水平飛行を自在に行えるわけです.

 飛行機が浮くのも沈むのも空気から受ける力しだいですから,機体に働く空気力を正しく知ることはきわめて重要な課題です.私たちの研究グループでは,航空宇宙技術研究所のメンバーと協力して,空気力を測るための新しいセンサー「感圧塗料」の開発を進めています.

3 ひずみゲージ型圧力計

 圧力を測るとき,普通はどうしているか知っていますか? 図3は,「ひずみゲージ」型圧力計と呼ばれるものです.金属片の裏側に,小さな半導体素子(ひずみゲージ)をくっつけたものです.薄い金属膜に力を加えると,膜と素子が変形します.この素子は変形によってわずかに電気抵抗が変化する性質を持っており,その変化を測ることで,膜に加えられた力を求めることができます.

 ひずみゲージ型圧力センサーは,圧力を感じる部分(受圧面)の大きさが,直径数ミリメートルと,非常に小さいのが特徴です.そのため,平面上のある一点の圧力を測るのには適しています.

4 点計測と面計測

しかし,航空機のように,大きさが数十メートルにも達する物体表面に働く力の分布を調べるためには,図4(a)のように,多数のセンサーを並べる必要があります.例えば,現在航空宇宙技術研究所で開発が進められている次世代超音速旅客機(SST)用実験機では,1つの機体に配置する圧力センサーの数は数百個,そのコストは1億円にも達します.それでも,数百個しかないわけですから,機体全体の圧力分布をくまなく調べる,というわけには行きません.

 感圧塗料(Pressure Sensitive Paint, PSP)は,図4(b)のように,「面」で圧力分布をとらえることができる画期的な圧力センサーです.

 感圧塗料の正体は,特殊な「蛍光」(正しくはルミネッセンス)色素です.マーカーペンなど,蛍光色素を使ったものは,身のまわりにたくさんあります.白いYシャツも,実は,蛍光色素で染色されています.

では,ルミネッセンス,とは何でしょうか? その前に,そもそも,私たちが目にする「色」は何で決まっているのでしょうか? これを理解するためには,「光」と「色素」が持つ性質について,少し知っておく必要があります.

「光」は,電磁波の一種です.電磁波は「波」ですから,「波長」が存在します.目に見える光(可視光線)は,おおむね350 nmから750 nmまでの波長を持っています.

太陽光には,いろいろな波長の光が混ざっています.プリズムなどを使えば,それらをスペクトルとして分離できることは知っていますよね.七色に輝く虹では,大気中に浮遊する雨滴がプリズムの役割を果たしています.

真空以外の物質を電磁波が通過する場合,電磁波の持つエネルギーは,物質を構成する原子・分子との相互作用によって,吸収されたり,散乱されたりします.

通常の色素は,色素に加えられたさまざまな波長の光の中から,特定の成分のみが吸収されたり,反射されたりすることで,固有の色を生み出しています.

これに対して,ルミネッセンス色素は,外界から加えられる光のエネルギーをいったん分子の中にたくわえ(「励起」と呼んでいます),そのエネルギーを使って,色素固有の波長の光(ルミネッセンス)を発生しています.

ルミネッセンスの強度は,色素分子を取り巻く環境によって大きく変わります.

例えば,大気中では,真空中に比べて,ルミネッセンス強度は弱くなる,すなわち暗くなります.これは,色素分子がたくわえたエネルギーを,周りの気体(おもに酸素)分子が奪い取ってしまうからです.

この性質をうまく利用すれば,ルミネッセンスの強度から圧力を求めることができそうです.実際,ルミネッセンスの強度Iと圧力Pとの間には,

,                           ・・・ (1)

(I0P0: 基準強度,圧力,A, B: 定数)           

という関係(Stern-Volmer式)が成り立ちます.

 図5は,感圧塗料を用いた風洞実験の概要です.「風洞」(wind tunnel)とは,人工的に空気の流れを作るための装置です.指定したとおりの速さで流れを作って,航空機の性能を調べていきます.風洞は,自動車や新幹線などを開発する際にも用いられています.

5 感圧塗料を用いた風洞実験装置

 風洞の中に,感圧塗料を塗った航空機模型を設置します.適当な光をあてて得られる塗料のルミネッセンスを,デジタルカメラ(CCDカメラ)で撮影します.撮影した画像をコンピュータ処理することで,模型に働く空気力を求めることができます.

 図6は,感圧塗料を使って,デルタ(三角)翼の上側に働く空気力を測定した例です.図は見やすくするために,圧力の違いを色で表しました.実際には,ルミネッセンスの明暗から,圧力測定を行います.

6 デルタ翼上の圧力分布(マッハ数0.55,迎角20°)

(赤が圧力の高い部分,青が圧力の低い部分)

デルタ翼は,超音速航空機に良く使われる翼形です.図1に示した,世界唯一の超音速旅客機であるコンコルド(Concorde)も,基本的な翼の形は同じです.単純な形をしているにもかかわらず,翼に働く空気力は複雑な分布をしていますね.このようにして得られた空気力の分布をもとに,航空機の設計は進んでいくわけですから,「面」計測の威力は絶大なものがあります.

いま,私たちは,100万分の1秒の圧力変化を調べるための感圧塗料や,圧力だけでなく,温度も同時に調べられる塗料の開発を進めています.

ここまで読んで下さった皆さんは,「あれっ,物理の話になってしまったぞ.航空機の話はどこへ行ったのだ?」と思っているかも知れませんね.そう思った人のために,現代科学技術の進み方について説明しておきましょう.

私は,航空機周りの流れを始めとして,空気や水の流れやその中を伝わる音のメカニズム(流体力学)を調べる研究をおもに手がけています.しかし,流体力学を知っているだけでは,決して,流体力学の世界で新しいことを発見できません.

ここで紹介した感圧塗料もそうですが,新しい発見には,一見無関係に思えるさまざまな技術の助けが必要です.2002年のノーベル物理学賞に輝いた小柴昌俊博士(東大名誉教授)は,カミオカンデという装置を使ってニュートリノの存在を世界で初めて明らかにしました.カミオカンデの開発には,光電子増倍管という光センサーが不可欠でした.しかし,このセンサーは小柴先生が作ったものではなく,浜松ホトニクスという会社の製品です.小柴先生が浜松ホトニクスと出会わなければ,この世界的業績が生まれることはなかったでしょう.

このように,真の創造のためには,膨大な周辺知識が必要になります.ここで,ため息をついた人へ一言.ものを創ることは,実にエキサイティングです.ハマると,不思議と勉強が苦にならなくなります.高校とはまったく違う「創造の世界」を是非のぞいてみましょう.

 

 なお,私は,感圧塗料のほかに,水中超音波,キャビテーション,火山爆発メカニズムの解明,超音速空気流の実験などを手がけています.流体力学の研究全般に興味を持った人は,研究室のホームページ (http://www.tuat.ac.jp/~kamelab/) を一度のぞいてみてください.
 また,ここで紹介した感圧塗料研究開発プロジェクトを一緒に行っている浅井圭介博士は,感圧塗料の日本第1人者です.研究内容をもっと詳しく知りたい人は,プロジェクトのホームページ(http://www.nal.go.jp/ndivision/fluid/japanese/mosaic/) をご覧下さい.さらに,浅井博士が所属している航空宇宙技術研究所では,感圧塗料以外にもたくさん航空宇宙に関する研究を手がけています.これらについても研究所のホームページ (http://www.nal.go.jp/)が参考になります.