海洋漂着プラスチック小粒を用いた世界の海の汚染の監視(International Pellet Watch)


図1.International Pellet Watchとは?


このInternational Pellet Watch(図1)という研究では,世界中の人々に近くの海岸に流れ着いているプラスチックレジンペレットというプラスチックの粒(図2)を拾い,エアメールで日本の農工大に送ってもらうことを呼びかけている(図2)。レジンペレットは水に溶けにくい汚染物質を高い倍率で濃縮していることから,レジンペレットを分析することにより,流れ着いていた海岸の汚染の状態を知ることができる。海岸漂着プラスチックが様々な汚染物質を濃縮していることは,我々の研究室が世界で初めて明らかにした結果である。このことは2007年アマゾンで最も売れた本「人類が消えた世界」の中で取り上げられた。このInternational Pellet Watchという海洋汚染の調査(モニタリング)は我々が世界で唯一行っている調査である。2005年から開始して,現在世界25ヵ国からレジンペレットが農工大学に届いている。分析の結果は世界汚染マップとしてwebで公開している。これまでの分析から,世界の海の汚染の様子がわかってきている。


図2。レジンペレットとは?


ポリ塩化ビフェニル(PCBs)の汚染マップを見てみよう(図3)。PCBsという化学物質は先進工業化国が1960年代の高度経済成長の際に使用した物質である。毒性が高いことがわかり,1970年代前半に使用が禁止された。PCBsは難分解性で環境中での残留性の高い物質である。図に示すように,PCBs濃度はアメリカの海岸で高濃度を示す地点が多数ある。それに次いだ濃度を示す地域は,西ヨーロッパと日本である。これらの地域では1960年代にPCBsを大量に消費したため,海洋がPCBsで汚染され,PCBsの環境残留性の高さのため,使用禁止後30年以上経っても依然としてPCBsによる海洋汚染が続いていることがわかった。一方,東南アジアの国々ではPCBsは低濃度である。東南アジアの経済発展が1980年代以降であるため,経済発展に伴うPCBsの使用が少なかったことを反映している。
図3。海岸漂着レジンペレット中のPCBs濃度 (ng/g)


では,先進工業化国だけが汚染が深刻なのだろうか?PCBs以外の汚染物質に注目すると,東南アジアやアフリカでも汚染が問題となっていることがわかる。有機塩素系農薬の一つにDDTという化学物質がある。DDTも1960年代に使われていた化学物質であるが,この物質も毒性が問題となり,1970年代前半に使用が禁止となっている。DDTとその分解産物(DDDとDDE)の濃度(これらを総称してDDTsと呼ぶ)は,香港とベトナムで高濃度の地点が見られた(図4)。これらの国ではDDTがマラリアを媒介する蚊の駆除のために限定的に用いられている。そのため,これらの国でDDTs濃度が高かったものと考えられる。一方,アメリカ西海岸でも高い地点がある。それらの地点の周辺には大きな農薬工場があり,過去に放出された農薬が残留しているためと考えられる。
図4。海岸漂着レジンペレット中のDDTs濃度 (ng/g)


その他にもこれまで知られていなかった汚染が明らかになってきた。図5にHCHという別な農薬の濃度を示す。HCHも1960年代に使われていた農薬であるが,この物質も毒性が問題となり,世界的に使用が禁止となっている。世界的な使用禁止を反映して世界のほとんどの地点で低濃度を示した。しかし,南アフリカ共和国とモザンビークのレジンペレットから高濃度のHCHsが検出され,これらの国々でのHCHの使用が示唆された。
図5。海岸漂着レジンペレット中のHCHs濃度 (ng/g)


International Pellet Watchは低コストで世界の海の汚染の様子を知ることができるプロジェクトである。国内はもとより,海外のマスコミからも注目されている**。詳細はホームページhttp://www.tuat.ac.jp/~gaia/ipw/index.html)を参照していただければと思います。このプロジェクトの利点の一つは誰でも簡単に参加できる点である。実際にアメリカ西海岸における試料採取は小学校の環境学習の一環として小学生が採取したものが送られてきている。このように誰でも簡単に参加でき,かつ低コストで世界の汚染マップが描けることが本プロジェクトの最大の利点である。このプロジェクトはまだ始まったばかりであり,今後対象国,対象地点を増やしていくことを目指している。

関連リンク

*「人類が消えた世界」(アラン・ワイズマン著,早川書房)→アマゾンのホームページのこの本の紹介のページへ。

**the Japan Timesで取り上げられた→the Japan Timesのweb版へ