日中韓環境教育交流の歩み
(1996年〜2006年)
日中韓環境教育協力会
代表 諏訪哲郎
連絡先:学習院大学教職課程諏訪研究室
住所:171-8588豊島区目白1−5−1
E-mail
tetsuo.suwa@gakushuin.ac.jp
目 次
要 旨
1.はじめに−日中、日韓の2国間交流から日中韓3か国交流へ
2.日中共同環境教育シンポジウムから日中環境教育研修会へ
3.『参与式環境教育活動指南』の出版
4.中国における環境教育NPO《緑之行》の成立と活動の広がり
5.日韓合同授業研究会の発足と環境部会の活動
6.第1回東アジア環境教育ワークショップの開催
7.東アジア環境教育ワークショップと3か国共同編纂の環境教育教本構想
8.『日中韓がいっしょに学ぶ環境』の作成・刊行
9.『日中韓がいっしょに学ぶ環境』の改訂と活動の拡大
西安の児童の描いたトキ
要 旨
2001年7月、日中韓の3か国の環境教育実践者が一同に会し、それぞれの活動実践を報告し、学習方法の交流を行ったのは、群馬県の国立赤城青年の家で開催された第1回東アジア環境教育ワークショップであった。さらに2002年8月に北京で開催された第2回東アジア環境教育ワークショップでは、日本、中国、韓国の環境教育グループが、共通の具体的な活動目標を設定し、それを実現していくことを確認した。このような3か国間の確固とした交流が始まる前段には、長年にわたる日中、日韓の2国間の民間レベルでの親密な交流が存在していた。
日中間の最初の大規模な環境教育関係者の交流は、1996年から3年間継続された「日中共同環境教育シンポジウム」であった。シンポジウムでは環境教育の実情や実践活動を報告し合ったが、第3回目のシンポジウム終了後、環境教育の具体的な手法の普及・浸透がより重要との観点から、日本側では《日中環境教育協力会》を組織し、1998年夏以来10回以上にわたって中国各地(北京のほか武漢市、重慶市、西安市、内モンゴル通遼市)で「日中環境教育研修会」を開催してきた。
「日中環境教育研修会」で日本側が提供したプログラムは、主として参加体験型学習法の普及とファシリテーター能力の向上に重点を置いたもので、2001年3月、《日中環境教育協力会》はそれまでの「日中環境教育研修会」での活動を集約した『参与式環境教育活動指南』を出版した。
その後、「日中環境教育研修会」の中国側パートナー自身も、『参与式環境教育活動指南』を活用しながら各地で環境教育研修会を開催している。2002年3月、中国側パートナーが「日中環境教育研修会」の積極的参加者に呼びかけて、中国における初の環境教育NPO《緑之行》を結成し、活発な活動を続けている。
日本と韓国の教育実践の交流を目的として作られた日韓合同授業研究会(日本側)と韓日合同教育研究会(韓国側)は、1995年以来毎年夏に交流会を開催してきた。発足当初から歴史教育とともに環境教育が重要な柱と位置付けられ、日韓両国の環境教育関係者が相互の授業実践の報告を行ってきた。
このような日中、日韓の環境教育交流が合流して日中韓3か国の交流に発展したのが、上記の第1回東アジア環境教育ワークショップであった。そこで確認できたことは、日中韓3か国の環境教育はそれぞれ異なった特徴を有しており、三者が密接かつ実践的に交流して長所を吸収し合うことが、今後の東アジアの環境教育の普及・発展にとって重要であるということであった。
そして、2002年8月の第2回東アジア環境教育ワークショップでは、これまでの活動を継続するとともに、新たな具体的活動として、日中韓3か国共同編纂の環境教育教本を作成する方針が決定され、2004年春には『日中韓がいっしょに学ぶ環境』を、日本語、中国語、韓国語の3か国語で出版した。また、2005年夏には中国・大連に3か国の子どもたちが日中韓子ども環境サマーキャンプを実施した。
日中韓環境教育交流の歩み
1.はじめに−日中、日韓の2国間交流から日中韓3か国交流へ
2001年7月22日〜24日、猛暑の中、群馬県の国立赤城青年の家で第1回東アジア環境教育ワークショップ(写真1)が開催された。エコ・コミュニケーションセンター代表の森良(本会副代表)が発案・企画し国際交流基金の助成を得て、中国から11名、韓国から10名の環境教育実践者を招聘して開催したもので、日本側参加者(および通訳)を合わせて40数名が、今後の東アジアの環境教育のあるべき姿を求めて、それぞれの活動や実践を報告し、共同活動を体験し、熱心な議論が展開された。
中国と韓国の環境教育実践者が直接交流する機会がそれまでほとんどなかったため、民間レベルとしては、日中韓の3か国の環境教育実践者が一同に会する初めての機会であったといえる。環境教育でも男性主導である韓国からの参加者にとっては、女性が主役とも言える中国の環境教育の実態は新鮮であったであろうし、中国からの参加者にとっては、韓国の教員が生態観測を通じて子供たちの情操を育む一方で、湿地などの環境保護運動に積極的に関わっている姿は印象深かったはずである。
2国間の交流は、相手との違いを認識するには有効であるが、3か国間の交流には、さらに自己を相対化させ、相互理解を促進する効果が生ずる。2国間交流から日中韓3か国交流へ踏み出したことには非常に大きな意味があると思っている。
写真1
第1回東アジア環境教育ワークショップの閉会式(2001.7.24)
左より
通訳兼中国側コーディネーターの金丹実氏、西田真哉、韓国側代表の李仁植氏、森良
第2回東アジア環境教育ワークショップは、北京の環境NPO《緑之行》(後述)の主催で2002年8月1日より3日まで、北京市北部の黒竜江省農墾連合会招待所で開催された。その成果については後で述べるが、共通の具体的な活動目標を設定し、それを実現していくことを確認した。
このような3か国間の交流は、一朝一夕で実現したわけではない。長年にわたる日中、日韓の2国間の民間レベルの親密な交流が存在しており、森良が両者に深く関わってきたから実現できたことである。また、二つの2国間交流の中で、今後取り組むべき課題について、両者にきわめて似通った認識が育っていたことも重要である。
2.日中共同環境教育シンポジウムから日中環境教育研修会へ
日中間の大規模な環境教育関係者の交流の始まりは、1996年から3年間継続された「日中共同環境教育シンポジウム」であった。「共同」の名称は、日中双方が組織委員会を作り、両国の組織委員会が共同で開催するという趣旨でつけられたものである。日本側組織委員会は、シンポジウムの提唱者である小寺正明(環境・国際研究会代表)が代表を務め、森良も当初からの組織委員会に加わっていた。
第1回目のシンポジウムは1996年3月14日から16日にかけて北京で開催された。日本から60名以上、中国からも50数名が参加し、初日は環境教育モデル校である北京第13中学校と北京市高碑店汚水処理場の視察、2日目、3日目は日中友好環境保全センターで特別講演、課題研究とパネル討論、分科会が行われた。第1回目のシンポジウムに出席して強く印象づけられたことは、日中間で環境教育の取り組みに大きな違いがある点であった。日本の環境教育は公害教育の流れを継承しつつ、自然との触れ合いや参加体験を重視しているのに対し、中国の環境教育は、環境問題の実態を極力科学的に把握し、科学的な視点からその対応策を見出し、それを政策に反映させて解決を図ることを重視したものであった。
第2回目のシンポジウムは、中国から金世柏氏(中国中央教育科学研究所・名誉学術委員)、賈峰氏(国家環境保護局宣伝教育センター)、周又紅氏(北京市西城区青少年科技館)ら4氏を招聘し、1997年12月に神戸の甲南大学と東京の学習院大学で開催され、神戸、東京とも80人以上の参加者を得た。金世柏氏が中国の環境問題の現状と国民の環境意識の低さを率直に語り、環境倫理観の確立が急務であると強調したのが印象深い。なお、日本側組織委員会には第2回シンポジウムの準備段階からは、甲南大学の谷口文章氏と本会代表の諏訪哲郎が加わった。
第3回目の日中共同環境教育シンポジウムは、1998年5月4日、5日に北京の日中友好環境保全センターにおいて、日本側約30人、中国側約20名の参加者を得て開催された。「20世紀文明の大転換」と題した特別講演では古沢広祐氏(國學院大學)が、21世紀文明を作り出す鍵が、協同的メカニズム(自治・参加)を基礎とする「共」的セクターの展開であると指摘した。シンポジウム前には中国国家環境保護局の協力によって阿蘇衛ゴミ最終処分場を見学し、内陸大都市・北京のゴミ問題の深刻さを実感した。また、大学生を中心とする日中の青年の交流会も並行して開催されたことも特筆できる。
各シンポジウムについては、それぞれ報告書を作成したが、シンポジウム全体のエキスを集約した報告書『中国の環境教育と日中交流』(写真2)も作成した。
写真2
シンポジウム全体の報告書
第3回シンポジウムの締めくくりで、日本側を代表して森良が、今後の日中環境教育交流・協力は「具体的な仕事を通して」行うべきであるとの観点から次の3つの提案を行った。
@環境教育の指導者養成のトレーニングを計画的に行う。
A拠点をつなぐ形で環境教育普及の仕組みを作る。
Bシンポジウムでは報告・提案がされたままで終わっていたので、議論の場を作る。
この提案を北京市西城区青少年科技館の周又紅氏が真剣に受け止め、コーディネーター役となって奔走し、同年8月初旬に西城区青少年科技館を拠点に計6日間にわたる第1回目の環境教育研修会が実現された。これまでに中国で開催した環境教育研修会の内容は以下の通りである。なお、日本側では継続的な環境教育研修会を実施していくため、同年7月に「日中共同環境教育シンポジウム日本側組織委員会」を改組し、研修会の講師担当者によって構成される《日中環境教育協力会》(代表:小寺正明)を組織した。
1998年8月初旬 北京市西城区での教材作成研修会、市民研修会、教員研修会、野外研修会(懐柔区青龍峡)
1999年3月下旬 北京市西城区での教員研修会
1999年8月初旬 北京市宣武区での教員研修会
1999年8月下旬 北京市朝陽区での教員研修会
1999年8月下旬 北京市海淀区での教員研修会
1999年10月中旬 武漢市での教員研修会
2000年3月上旬 北京市西城区での校長研修会
2000年6月上旬 武漢市での教員研修会
2000年8月中旬 北京市海淀区の教員研修会、野外研修会(懐柔区九谷口)
2001年8月中旬 西安市での教員研修会
2001年11月初旬 重慶市での教員研修会
以後、《日中韓環境教育協力会》と改称
2002年8月中旬内モンゴル通遼市での教員研修会
・ ・・・・(この間にも毎年3回ほどの研修会を実施)
2005年8月下旬 大連市での教員研修会
2005年11月中旬 南京市での教員研修会(写真3)
2006年5月中旬 南京市、蘇州市での教員研修会(予定)
2006年10月中旬 重慶市での教員研修会(予定)
これらの研修会で講師を担当したのは、日本側では西田真哉、森良、諏訪哲郎ほか10人以上に達する。しかが、より重要な点は、中国側の周又紅氏、劉克敏氏、韓静氏(朝陽区青少年活動中心)、李力氏(元海淀区中学教師、現北京地球之友職員)らが次第に講師の役割を担うようになり、上記の日本側講師が参加した研修会以外に、独自に環境教育研修会を頻繁に実施するようになった点である。
写真3 南京市での教員研修会の一場面
3.『参与式環境教育活動指南』の出版
われわれが中国で実施した環境教育研修会における講義やアクティビティは、主として参加体験型学習法の普及とファシリテーター能力の向上に重点を置いたものである。そのうち1998年から2000年までの間に実施したものについて整理し、中国語に翻訳して約150ページからなる『参与式環境教育活動指南』(日中環境教育協力会編)を2001年3月に中国環境科学出版者より出版した。出版に当たっては国際交流基金アジアセンターの助成金を受けている。
全7章は次のような構成となっている。
第1章 自然環境教育
第2章 都市環境教育
第3章 環境教育活動とエコタウン作り
第4章 小グループ交流と価値の明確化活動
第5章 体験式学習法の理論と環境教育方案作成
第6章 環境教育の指導と普及
第7章 中国の環境教育活動方案
このうち第7章は、研修会で実施したアクティビティ創作活動で、中国側参加者・講師が作成したもののうち、優れたものを集めている。
この『参与式環境教育活動指南』(写真4)は、その後、我々が関与した研修会のみならず、中国側が独自に企画・運営する研修会においても存分に活用されている。『参与式環境教育活動指南』は研修会で配布し、研修参加者が学校や職場でそれを活用して参加型の環境教育を広めてもらうことを狙っている。
この『参与式環境教育活動指南』の大部分は、通訳の金丹実氏(当時は『人民中国(日本語版)』記者)によって翻訳されたものである。金丹実氏と我々の出会いは、第3回日中共同環境教育シンポジウムの際であった。こちらの発言の意図が正確に相手に伝わるように、言葉を補いながら素早く通訳する見事さに圧倒され、その後の環境教育研修会でも、たびたび通訳をしていただいている。
金丹実氏の見事な通訳がなかったならば、意図が充分に伝わらず、満足のいく研修会にならなかった可能性も大きい。ただし、金丹実氏の役割を単に「通訳」と表現するのは不正確で、近年の環境教育研修会や東アジア環境教育ワークショップでは、中国側の窓口として、またコーディネーターとしての役割を果たしていただいている。
写真4 『参与式環境教育活動指南』
4.中国における環境教育NPO《緑之行》の成立と活動の広がり
《日中環境教育協力会》が中国で行ってきた環境教育研修会の大きなねらいは、中国であまり普及していない参加体験型の学習法を参加者に習得してもらい、参加体験型学習法を習得した参加者が、さらにそれを広めてもらうことにあった。いわば、参加体験型学習法の技術移転である。そのねらいは、中国側が独自に企画・運営する研修会が実施されはじめたことで、ある程度実現されはじめたと感じていた。そして、西城区青少年科技館の周又紅氏、劉克敏氏、李力氏、韓静氏らの呼びかけによって、2002年3月に環境教育NPO《緑之行》(写真5)が発足したことで、我々のねらいは充分に実現できたと確信するにいたっている。3月15日の《緑之行》の発会式に参加したのは23名で、その大多数は日中環境教育協力会が開催した研修会の受講者であった。
《緑之行》の発会式では、重慶や内蒙古など中国各地で環境教育指導者研修会を精力的に行ってきたことが報告されるとともに、《緑之行》として今後力を注ぐべき課題として、研修会の継続のほかに次の3点が示された。
(1)正規の学校教育の中で環境教育を展開する措置、手段の開拓
(2)成功事例を集めたテキストの編集・出版
(3)三国間の青少年の直接交流の推進
発足以降の《緑之行》の活動はめざましく、西城区青少年科技館、河北省の保定、秦皇島で環境教育教師養成の研修会を実施したほか、環境演劇の教師研修会と児童生徒の発表会、そして青少年環境演劇サマーキャンプを実施している。
「地球村」「自然の友」「北京市環境保護基金会」「緑色演劇団」等の国内の環境団体との交流も活発に進める一方で、海外との交流にも力を入れており、5月には香港、8月には宮崎市の青少年を受け入れて交流し、7月には16人の青少年を「環境教育訪日交流団」として日本に引率している。《緑之行》のメンバーによる環境教育教材の作成も活発に行われており、2002年3月に3冊からなる『初中生科技探索活動』を出版したのに続き、7月には6冊からなる『小学生科技探索活動』を出版した。また8月には『環境保護少年読本』『環境保護少年連環画読本』、を出版し、中国内の5つの省市で2002年9月から副読本として使われている。
《緑之行》の分会が内モンゴルの通遼市や北京市西城区の四根柏小学校に誕生したことも注目すべき点である。今後、このような《緑之行》の分会が各地に誕生していけば、中国における環境教育の普及は急速に進展することが見込まれる。
写真5 《緑之行》の発会式
5.日韓合同授業研究会の発足と環境部会の活動
日韓合同授業研究会は、1994年に東京都公立小学校教諭・善元幸夫氏らの呼びかけで誕生した組織で、韓国側のパートナー組織である韓日合同教育研究会と1995年以降、毎年夏に交流会を開催している。《緑之行》のように発足以前からわれわれが関わっているわけではなく、森良が1998年の第4回交流会から、諏訪哲郎が2000年の第6回交流会(写真6)から参加するようになったに過ぎない。しかし、環境分科会の韓国側メンバーとは、出会い以来密接な交流を重ねており、その交流が冒頭に述べた東アジア環境教育ワークショップの開催に繋がっているので、日韓合同授業研究会と交流会の発足時点からの経緯を簡単に紹介しておきたい。
日韓合同授業研究会は「日韓両国の教育及び文化に関心を高め、研究・交流を深める目的の下に」発足しており、発足当初から日韓の環境問題が、歴史とともに授業交流における共通の学習テーマとして掲げられている。
同研究会の機関紙である『ウリ』17号で、善元幸夫氏が第1回から第3回の交流会環境部会の活動を総括しているが、そこには交流会のメンバーの環境に対する考え方が鮮明に現れているので、以下に一部割愛して転載する。
「第1回交流会では李時載先生からこれからの環境教育は国境を越えて,東アジアの問題として存在し,「協同と連帯」の運動を強調し,・・・「これほどまでに大量生産し,大量消費する,この文明のスタイル自身がまさしく問われているのではないか」という形でしめくくられた。」
「第2回交流会では,環境教育への取り組みの基本的姿勢が問われてきた。李仁植さんは環境教育は単なる環境破壊の緊急性だけでなく,「生命を尊重する教育」の必要性を説き,・・・」
「第3回では,・・・生産至上主義に対して,自然生態系としての生命を尊重する教育へ向かうべきとし,韓国の李仁植さんは「水や土や植物や動物と親しくなる教育実践」を報告してくれた。ここでのまとめは,「環境教育はただ自然環境の破壊の悲惨さ」を強調するだけではなく,そこで失われつつある人間性をどうとりもどすのか,人間の豊かな感性をどうとりもどすかということが重要であるということだった。」
日韓合同授業研究会は、将来構想として、日韓の二国間で共有できるテキストを作成すること、ならびに、活動を東アジア全体の規模に広げ、相互理解の発展につなげていくことを掲げており、この点でもわれわれ《日中韓環境教育協力会》が目指しているものと共通している。
写真6 第6回交流会の一場面 右が善元幸夫氏
6.第1回東アジア環境教育ワークショップの開催
このような日中、日韓の二つの2国間環境教育交流が合流して日中韓3か国の交流に発展したのが、第1回東アジア環境教育ワークショップ(写真7)であった。そこで確認できたことは、日中韓3か国の環境教育はそれぞれ異なった特徴を有しており、三者が密接かつ実践的に交流して長所を吸収し合うことが、今後の東アジアの環境教育の普及・発展にとって重要であるということであった。
日中間の交流を通して、両国の環境教育の捕らえ方の大きな違いを認識したことはすでに述べたが、そこに韓国が加わることによって、各国とも自己を相対化しやすくなり、相互理解が一層進んだように感じている。
日中間の交流に韓国が加わったことは、例えば、次節で話題にする共通の教科書作りという点でも有益である。なぜならば、韓国では近年の一連の教育改革の中で、「裁量活動」という時間枠が設けられ、中学校では「裁量活動」の時間を使って学ぶ選択科目の「環境」という科目が位置づけられているからである。日本や中国と違って、韓国ではすでに「環境」という正規の教科書が存在し、その教科書を使った授業がすでに行われているのである。「環境」の授業の進行が順調であろうと多難であろうと、その経験がわれわれにとって有益であることは間違いない。
実は、第1回東アジア環境教育ワークショップは、森良が代表をしているエコ・コミュニケーションセンターが企画し、国際交流センターの助成を得て開催したもので、厳密に言えば諏訪と西田はエコ・コミュニケーションセンターのサポーターとして関わったといえる。しかし、この第1回東アジア環境教育ワークショップは、《日中環境教育協力会》の多くのメンバーに、「今後、われわれが果たすべき役割は何か」を再考させるきっかけとなった。そして、中国におけるパートナーが着実に力をつけ、中国国内での研修会も新たな段階に入ったという認識と、今後は全東アジア・レベルでの交流・協力が不可欠という認識に基づいて、2002年1月より《日中韓環境教育協力会》と改称することとなったのである。
写真7 第1回東アジア環境教育ワークショップ(日本・赤城青年の家)
7.第2回東アジア環境教育ワークショップと3か国共同編纂の環境教育教本構想
2002年8月初旬に北京で開催された第2回東アジア環境教育ワークショップは、《緑之行》が主催し、韓国からは慶尚南道で環境保護運動に携わる李仁植氏をはじめとする5人が参加し、日本からは《日中韓環境教育協力会》の森、諏訪及び石井信子(千葉市公立小学校教諭)の3人が参加した。
ワークショップでは、この1年間の各国、各地域での環境教育への取り組みの紹介とともに、森良による「知恵探しタウンウォッチング」や石井信子による「貿易ゲーム」の実践が行われた。
そして、今後3か国が協力して取り組むべき課題として、諏訪が「日中韓3か国共同編纂の環境教育教本を作成する」ことを提案した。諏訪の提案の意図は以下のように要約できる。
日中韓3か国の環境教育はそれぞれ異なる特色を有している。日本の環境教育は、自然との触れ合いや参加体験を重視しているのに対し、中国では環境の調査・分析に基づく課題解決の実践を重視している。一方、韓国ではすでに中学校の「裁量活動」の選択科目として「環境」を開設し、学校教育を通して環境意識の啓発と主体的参与を目指している。日中韓それぞれの環境教育の良さを集約した、共通する内容の環境教育教本を日本語版、中国語版、韓国語版で作成し、3か国の学校教育の場で活用されることになれば、ボーダーレスな環境問題に対して、主体的に立ち向かう東アジアの青少年の育成に貢献することができるであろう、ということである。
諏訪の提案に対して、韓国側からそれを進める上での懸念材料が示されたが、最終的に、共同編纂の環境教育教科書(ないし副読本)作成に向けた作業に入ることが決定され、以下の編集委員が決定された。
中国:周又紅氏、韓静氏
韓国:李仁植氏、鄭大守氏
日本:諏訪哲郎、石井信子
また、当面、各国で環境教育教科書(ないし副読本)に掲載するに相応しい授業実践例や資料等を集めて、2002年12月までに選別してそれぞれA4で100枚分にして相互に交換することが決定された。
なお、日中共同の教科書・教材作りについては、1997年に学習院大学で開催された第2回日中共同環境教育シンポジウムでも話題にのぼっており、田中敏久(東京都公立小学校教諭)が『中国の環境教育と日中交流』の中で、その方向性として@子供たちの実態や発達段階に即したものであることA学習のプロセスを大切にすることB感受性の育成を重視することC汎アジア的な視点の重要性、の4点を示している。
8.『日中韓がいっしょに学ぶ環境』の作成・刊行
2002年8月の第2回東アジア環境教育ワークショップで提案された日中韓共同編纂の環境教育教本の作成は、まず、各国で優れた教材等の取りまとめ作業を行うことから始まった。そして、集まった教材から順に相互翻訳に着手し、2003年7月にはA4版で合計300枚に及ぶ教材等を母国語で読めるように準備した。
2003年度には地球環境基金の助成金を得て7月下旬に、福岡市の福岡市国際交流会館会議室において第1回目の編集委員会を開催した。そこでは教材の取捨選択を行い、内容構成を決定し、その後の作業の分担を決めた。また、9月中旬には北京で諏訪と中国側との間で進行状況確認と、具体的な詰めの作業を行った。10月下旬には韓国・馬山で諏訪と韓国側との間で進行状況確認と、具体的な詰めの作業を行い、11月22日〜24日に東京で第2回の編集委員会を開催して、各国分担分の相互修正作業を経て全体構成の確認を行った。2004年1月中旬には慶尚南道で開催された第3回東アジア環境教育ワークショップ(写真8)と併行して編集委員会を行い、3か国語分の版下の最終確認を行って、印刷作業に入り3月には試用本『日中韓がいっしょに学ぶ環境(日本語版)』(写真9)を刊行した。そして4月には中国語版、韓国語版が相次いで刊行された。
写真8 第3回東アジア環境教育ワークショップ(韓国・慶南)
このように経過だけを書くと非常に順調に作業が進んだような印象をあたえるが、実際には編集過程で、3か国間の意見の不一致、食い違いが頻出し、それらの調整は決して簡単ではなかった。
この間の作業で印象的だったやり取りを紹介しておきたい。
その一つは、オオバコの茎を使った「草相撲」のアクティビティをめぐるやり取りであった。韓国側から提案され、日本でも賛同したこのアクティビティに対して、中国側から「緑の少ない中国では、オオバコの茎といえども、生きた植物をたくさんの人が取ることは環境破壊につながるので、この教本に入れてもらっては困る。」という発言がなされたのである。異なる社会、異なる文化、異なる環境の下で育った子どもたちが、相互に理解を深めて環境問題に立ち向かってほしいという思いがこの教本作成の根底にあったが、我々の間でさえ異なる環境に対する理解が不十分であったことを痛感させられた印象深いやり取りであった。
また、韓国側の担当としていた表紙については、試用本刊行前の最後の編集委員会で、蓮を描いた深遠な雰囲気の落ち着いた絵が示されたが、中国側編集委員から出された「暗い!」の一言で却下され、他の人に別のものを描いてもらうことになった。結果的には、明るく楽しい表紙となり、さらに後述する日中間の環境保護活動漫画の作成につながることになったので、「確かに少し暗い感じだけれど、せっかく描いてもらったのだから」というような妥協をしなくてよかったと思っている。
日中韓共同編纂という国をまたぐ制作活動がネゴシエーション等で大変なエネルギーを必要とするものであることを身をもって感じさせられたが、最終的に、内容を同じくする環境教育の教本を、日本語、中国語、韓国語の3言語で作成したことは、将来の東アジアの子どもたちの環境教育交流を活発化させる一つのきっかけを作りえたと自負している。
写真9 共同編纂環境教育教本の表紙
9.『日中韓がいっしょに学ぶ環境』の改訂と活動の拡大
2004年度には、『日中韓がいっしょに学ぶ環境』を試用して、その結果を持ち寄って改訂作業を進めていった。
20047月下旬に北九州市で開催した第4回東アジア環境教育ワークショップにおいて、日中韓の各国内に国別教材研究チームを発足させることの合意が成立したことは、改訂版に盛り込む教材の選択の幅を広げる上で有効であった。例えば中国側から要望された日本の「布絵シアター」の教材や、日本側が要望した中国の「核エネルギーに関するディベート」の教材が改訂版に加わることで、活動のバリエーションを増やすことができた点も大きな成果であった。
一方で、韓国側は韓国環境部から独自に予算を獲得して、2004度後半から日中韓の子どもたちの環境保護活動を漫画で紹介する『환경과 생명을 가꾸는 아이들(環境と生命を育む子どもたち)』の企画を進め、日中韓共同編纂環境教育教本編集委員会の全面的な協力の下、掲載事例の材料収集に取り掛かった。
2005年度は7月に内容の焼く3分の1を差し替えた『環境と生命を育む子どもたち』の改訂版を刊行した。そして、8月には北京市郊外の密雲で第5回東アジア環境教育ワークショップを開催し、引き続き大連市で日本から10名、韓国から10名、地元の中国から20名の小学生が参加する日中韓子ども環境交流会(表紙写真参照)を開催した。
子ども環境交流会は大連理工大学付属小学校でのアクティビティの実演、付属小学校の子どもたちの家庭でのホームステイ、子ども環境会議、海岸でのキャンプ、自然史博物館の見学など盛りだくさんの内容であった(写真10、11、12、13)。
写真10,11,12,13 大連市での日中韓子ども環境交流会の様子
(左上は、3か国の代表による環境宣言、右下は布絵シアター)
2005年11月には韓国で制作を進めていた『환경과 생명을 가꾸는 아이들(環境と生命を育む子どもたち)』(裏表紙参照)が完成し、目下、その日本語版、中国語版の作成を進めている。
また、本年8月には島根県の三瓶青少年交流の家で、第6回東アジア環境教育ワークショップならびに第2回日中韓子ども環境交流会を予定している。
これからの活動としては、『日中韓がいっしょに学ぶ環境』に対応した指導者用指導書の作成して、特に中国の各地の環境NPOと協力して開催する環境教育研修会でその指導書を活用しながら、環境教育指導者の育成に力を注ぎたい。
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